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「このミステリがすごい!05年版 第1位」
「IN★POCKET文庫翻訳ミステリー総合 第1位」

訳者あとがきより。

 話題の大型新人、サラ・ウォーターズの新作をお届けする。
 この『荊の城』は英国推理作家協会賞の歴史ミステリ部門にあたるエリス・ピーターズ・ヒストリカル・ダガー賞を受賞し、ブッカー賞の最終候補作にもなった。妖しく謎めいた雰囲気に満ちた前作『半身』に引き続き、ヴィクトリア朝ロンドンが舞台だ。
 主人公のスリ娘、スウことスーザン・トリンダーは、ホースマンガー・レイン監獄のすぐ近く、サザークはラント街に暮していた。
 ある夜、知人の詐欺師が訪ねてきて、儲け話をもちかけてくる--田舎の城館に世間知らずの女相続人がいる。一緒にこのブライア(いばら)城にはいりこんで、うまいこと財産をいただいてしまわないか。きみはフィンガースミス(スリ)だろう。
 話にのったスウは、貴婦人の侍女となるべく、行儀作法の特訓の末、生まれてはじめて一人前の大仕事をするためにロンドンを離れ、ブライア城に向かう。そして奮闘が始まるのだが・・ここからは本編でお楽しみいただくことにしよう。
『半身』が、ゆるやかに読者の心にからんでいくような筆致なのに対し、本作は生気に満ちたスウの言葉が威勢よく、スピーディーに冒険の顛末を語っていく。舞台も、前作の中流から上流階級の世界に対し、本作は下町と、同じヴィクトリア時代でもまったく違う。読み比べて、それぞれの魅力を味わっていただければ幸いだ。

 ところで<ホースマンガーレイン監獄><サザークはラント街>と並べば、英国文学に詳しいかたならピンとくるだろう。ふたつともチャールズ・ディケンズゆかりの地名だということに。
 ディケンズが少年だった頃、父親が借金を返せずに債務者監獄にいれられてしまった。監獄というとおそろしげに聞こえるが、債務者監獄とは、家族ぐるみで住める少々規制の厳しい公営住宅のような施設で、犯罪者がはいる監獄とはまったく違う。
 しかし、<監獄>に住むことはチャールズ少年のプライドがゆるさず、彼自身はラント街に下宿して、監獄の家族に会いに行っていた。ラント街は投じ、間貸しの下宿屋がたくさんあったのだ--大家も下宿人も貧乏人ばかりだったが。
 のちに小説家となったディケンズは、ラント街の近くにあるホースマンガーレイン監獄で公開処刑を見た。その時、3万人以上も集まった見物人の残忍さ、死刑を見ることの悪影響を肌で感じ、『タイムズ』紙に公開絞首刑を非難する手紙を送る。こうしたディケンズらの攻撃と世論に屈し、ついに議会は公開絞首刑を廃止するのである。
 このように、ディケンズゆかりの地名が出てくるのは偶然ではない。実は『荊の城』にはディケンズのとある作品を意識しているらしい箇所がいくつも見られる。『半身』との読比べとは別に、このディケンズ作品(本作中で言及されています)との読比べも実におもしろい。

 サラ・ウォーターズの魔法の筆に活写された19世紀ロンドンの下町、郊外の城館。『荊の城』はスリリングでミステリアスな冒険譚であるが、まるで実際に19世紀に書かれたかのように、この時代の風俗がいきいきと描かれた歴史物でもある。どきどきはらはらと時間旅行を動じに楽しめる本作を、ぜひ多くのかたがたに味わっていただきたい。

ホームページ版あとがきおまけ。

 今回こそはあとがきを書かなくてもいいよ、と言っていたくせに、あの男は〜。(あんただよ、あんた! 担当さん)
 結局、泣きながらあとがきを書いて持っていくと、「わー、まじめな文体のあとがきで、中村さんじゃないみたい」と、たいへん失礼なことまで言いやがりました。
 しょうがないじゃん。『半身』とスタイルをそろえなきゃならなかったんだからさ〜。
 上下巻とも最後のページを読まないほうが楽しめるので、ここであとがきを読んだあなた。どうせ、下巻にはこのページとまったく同じあとがきがのっているので、(上巻は本文のみで、あとがきも解説もないよん)、絶対にうしろのページを開かずに、あたまから読んでくださいまし。
 

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