お待たせしました。あの迷コンビ、トビー&ジョージの最初の事件です。
とある田舎の小さな村で、身元不明の男がひき殺されます。ただの事故かと思われますが、どうも状況が不自然すぎる。殺人だろうか? だとしたら犯人は? 動機は?
いや、そもそも、この死者の名は?
ややこしい事件に頭をかかえる村の巡査部長の前に、ふらりと昔馴染みが顔を見せます。犯罪ジャーナリストのトビー・ダイクです。ひさしぶりに再会した彼は、ジョージと名乗る謎めいた相棒をつれていました。
事件に興味を持ったトビーは、警察ざたに関わりたくないとしぶるジョージを無視し、嬉々として協力を申し出ます。
凸凹コンビの事件簿の幕開けです!実は。
この作品がフェラーズのデビュー作であることは、重々承知していたのですが、わたしの持っている本の著者近影は、かなり年配になってからのものばかりで、若いころの写真というのを見たことがありませんでした。
それでなんとなく、「日本の<新本格ミステリ>みたいな作品でデビューするなんて、ずいぶん気の若いおばあさまね」と思っていたのですが、先日、担当さんに、「この作品を書いた時、フェラーズは三十三歳だったんです」と指摘されて、愕然としました。
わたしとほとんど同い年ではありませんか!
うかつと言えばうかつですが、こんなにも明々白々な事実に気づかなかったのは、フェラーズの作品がどれもこれも若々しいことにも原因があります。
たとえば、著者晩年のシリーズ、フリア夫妻ものは、やくざな亭主と現実的な奥さんのコンビによるどたばたコージーミステリです。トビーとジョージを思わせるユーモラスな夫婦のかけあいが魅力で、とにかく年寄りくささがない! 若々しい! 本書と同じ時期に書かれたと言われても納得してしまいそうです。
そんなみずみずしさに満ちた本書は、「イギリスの大ベテランのデビュー作」とかしこまって読むのでなく、「日本ばかりでなく、イギリスからも新本格ミステリの新人作家が(六十年ばかりタイムラグはあるけれど)出てきたぞ」と親しみを持って愉しむのが、ふさわしい気がします。本書の舞台はデヴォン地方に広がるダートムアの一画に位置する村です。架空の村のようですが、作中の説明からすると、バックファストリー近郊を想定しているのではないかと思われます。バックファストリーは、あのアガサ・クリスティーの故郷、トーキーから、西にまっすぐ20キロほどのところにある町です。
フェラーズ自身もデヴォン地方に住んでいたそうで、すくなくともふたりの超多作女性ミステリ作家ゆかりの地ということになりますね。
このデヴォン地方に広がるダートムアは、草におおわれた(といっても、日本人が思うような、やわらかな葉がそよぐ草原とは違うのですが)丘陵がうねうねと続き、遺跡や謎の岩が点在し、羊さんたちが散歩をしている、のどかで美しい高原です。見る人によっては、あまりになにもなくて寂しい、と感じるようですが。
ちなみに作中にちらっと出てくるプリンスタウンは、ダートムアのどまんなかに位置する村で、実際に監獄があります。
プリンスタウン監獄、と聞いて「ああ、あそこ!」と頷いたかたは、相当のミステリマニアか、すばらしい記憶力をお持ちか、でなければ、ダートムア観光マニアですね。
そう、ここはあの有名なホームズの「バスカヴィル家の犬」に登場する脱獄囚が抜け出した監獄なのです。
こんな観光名所(?)がはいっているのも、作者のお茶目ないたずらかもしれません。全5冊のトビー&ジョージのシリーズも、あと一冊を残すだけとなりました。
最後の作品を訳してしまうと、この愉快なコンビと本当にお別れすることになって、訳者としてはとても寂しいのですが、なるべく早く、ファンの皆様にご紹介したいというのも正直な気持ちです。
その日が早く来ますように。
(訳者あとがきより)なーんて、いかにも物知りっぽく、えらそーに書いていますが、担当さんがいなければ、絶対に書けませんでした。このあとがき。
「もうさー、シリーズも4冊めだし、1冊めで森さんが完璧に作者&シリーズ紹介やっちゃったし、ネタないじゃん」
と、担当さんに文句を言ったら、
「デヴォン地方のことを書いたらどうですか。地名から舞台の地点を割り出すこともできましたし」(そう、バックファストリー近郊うんぬんは、彼が調べたことでした)
「クリスティーのトーキーも近場ですよ」(あ、ほんとだ)
「プリンスタウンもちゃんと実在するし、ここの監獄はバスカヴィル家の犬に関係しているんです」(ほー)
「これ書いた時、フェラーズって中村さんとほとんど同い年だったんですね」(ふーん)
などと、いろいろ材料をくれたのでした。うう。ありがとう。実際に訳していたのは去年ですから、まったく同い年だったわけで、妙な縁だなー、と思いました。
バックファストリーの位置はふつうの地図帳にのっているかな、と調べてみましたが、かなりくわしい地図でないと無理みたいですね。
でもトーキーはのっているので、ここを目安にすれば、だいたいわかると思います。イギリスの左下のほうです。
しかし、わたしの高校地図帳を掘り出してみたら、トーキーは「トルケー」と書かれていました。フランス語読みだろうか。