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老人たちの生活と推理

 ユーモアたっぷりの上質なミステリの名手といえば?
 シャーロット・マクラウド
 ジル・チャーチル
 そしてっ。
 コリン・ホルト・ソーヤー
 ぱちぱちぱち。
 ……誰それ? なんて言わないでくださいね。期待のニューフェイスなんです。

 カリフォルニアはサンディエゴ市近郊の高級老人ホーム、<海の上のカムデン>。本書はここを舞台に繰り広げられるユーモアミステリのシリーズ第一弾です。
 高級、というだけあって、とびきりおいしい食事と、快適なサービスと、山ほどの娯楽を愉しみながら、毎日ゆったり暮らす<カムデン>の住人たちのもとに、ある日、大事件が舞いこみます。
 読書ばかりしている本の虫スイーティーが砂浜におりる階段から転落死したのです。どうせいつも通りぼーっとしてて落ちたんだろう、という噂もありましたが、実は彼女、めった刺しにされていたのでした。
 おお、殺人事件とな!
 老人たちは怯え、困惑し、平和な<カムデン>は騒然とします。
 ところが住人のひとり、キャレドニアは冒険の匂いを嗅ぎとったのか、やたらと活気づいてしまい、仲良しの友人たちを説得してついに<老婦人探偵団>を結成。事件解決に乗り出すのです。
 縦横斜めに大きく、いつもカフタンをばさつかせているキャレドニア。小柄で蜂より鋭い毒舌のアンジェラ。陽気でぽちゃぽちゃしたグラマー美人のナン。良家のお様と一目でわかる上品なステラ。−−平均年齢七十以上のこの四人組が、足が痛い、腰が痛い、と言いつつ、捜査を始めます。しかし「現場調査」、「訊きこみ」、「演繹的推理(おお!)」と一応まともなことをやってるはずなのに、なぜか傍目には「現場荒らし」、「無謀な特攻」、「山勘」としか見えないのですが、そこはご愛敬。
 そんな彼女たちの<活躍>に困惑を隠せないのが、事件を担当することになったマーティネス警部と、助手のスワンソン刑事です。なにしろこの老婦人たちは、警部が何度、「殺人犯がうろうろしていて危ないからおとなしくしてください」となだめても、すかしても、脅しても聞きません。あいかわらず元気にあちこち荒らしまくるばかりか、活動はどんどんエスカレートし……ああ、一応レディなのに……。この続きは本編でどうぞ。
<海の上のカムデン>の前身は、ロサンジェルスとメキシコの間にあるカムデンの町の高級ホテルです。かつてはチャーリー・チャップリンやダグラス・フェアバンクス、ジョン・クロフォードといった映画人たちが、メキシコに闘牛見物に行く途中、必ず立ち寄る社交場でした。が、第二次世界大戦後に湾岸ハイウエイができてから、カムデンの町に立ち寄る者はなくなり、ホテルはついに閉鎖されます。それを東部の実業家が買い取り、かつての栄光の日々を思わせる豪華な高級ホームに生まれ変わらせたのです。
 と、もっともらしい設定ですが、もちろん架空の舞台です。
 老人ばかりですから、身体の故障や病気に対する不安も、若い頃の自分とはもう違うのだという諦めも、たしかにかかえています。ですが、隠居したからこそ、気がねなく好きなことに時間をたっぷり使えるということを、<カムデン>の住人たちはよく心得ていて、毎日おいしいものを食べ、ひがないちにち好きなことをし、のんびりと昼寝をし……ああ、わたしも隠居したい。
 老い、というものは、今でこそ毛嫌いされていますが、そもそも江戸時代は(唐突ですね)隠居してからが本当の人生、と言われていたものです(だそうです)。若いうちはあくせく働かなければならない。でも、隠居したら、風流にはまろうが、マニアに走ろうが、毎日好きなことをして遊んで暮らす。それが当然だし、そうなってからが本物の人生と誰もが考えていたというのですから、いい時代ですよね。
 そんな空気を彷彿とさせる<海の上のカムデン>に漂うのはやはり、老いの悲壮感などではなく、ご隠居として遊んで暮らす特権を得た住人たちの、人生を愉しもうという陽気な若々しさです。<探偵団>のメンバーもそれぞれに現役時代という過去を持っていますが、こうして本になるような(!)華々しいデビューを果たしたのは、七十歳を過ぎてのこと。ですが、もっと年長でアイドルデビューした人も実在しますし、そう考えると、「老後」なんて本当は存在しないのかもしれません。
 絶好調の<老婦人探偵団>は、今後もホームの内外で事件が起きると、大はりきりで調査活動を始めるのですが、そのたびにマーティネス警部とスワンソン刑事は頭をかかえるはめになります。なにしろ絶対に言うことをきかないんですからね。シリーズが進むにつれ、この刑事コンビと老婦人たちの友情がはぐくまれていく経緯も読みどころです。(わたしはマーティネス警部のファン
 ここで、ペーパーバックの著者紹介やエージェントからの資料をもとにコリン・ホルト・ソーヤーの略歴を記しておきましょう。
 ミネソタ大学卒業後、イギリスのバーミンガム大学でシェークスピアを研究し博士号を取得。帰国して、サウスキャロライナのクレムスン大学で二十六年間勤務しました。その間、ミネソタ、フロリダ、ノースキャロライナの大学でも、英文学、スピーチ、マスコミ学の講義をしています。
 大学講師でありミステリ作家でもある彼女は、地元テレビの放送作家兼女優でもあり、デパートからピーナツバター、モーターボートからタバコの肥料まで、ありとあらゆるテレビCMのナレーションもつとめています。テレビの「生活の知恵」番組を持っていたこともあるそうです。
 その後はカリフォルニアのカールスバッドにある老人ホームに入居します。ここが<海の上のカムデン>のモデルです。<引退>後は、趣味のフランス料理を愉しみ、ブリッジを教え、世界中を旅行し、ミニコミ紙を編集。自らの住む老人ホームにはオフィスを構えているとか……思わず大橋巨泉さんを連想してしまいました。
 そんな実りある引退後の生活を謳歌する作者だからこそ、これほど生き生きした老いの愉しみに満ちる<海の上のカムデン>の物語を描くことができるのでしょう。
 それでは、名探偵たちの活躍をお愉しみください

(あとがきより)