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文芸翻訳家

 先日、こんなメールをいただきました。
 持ちこみの実情について、わたしよりもはるかに詳しく御存じのようなので、ご紹介させていただきます。
 メールをくださったかたからは、快く転載の許可をいただきました。
 慎んで御礼申し上げます。

 はじめまして。
 わたしはなかなか孵れない翻訳者の卵です。
 文芸翻訳に憧れ、某プロダクションのトライアルへの合格を期にこの世界に飛び込みました。
 それから早や10年……。
 当初の予定ではとっくに「食べていける一人前のプロ」になっているはずだったのですが、現実には「パート並み」までもほど遠い、ほとんど「内職並み」の翻訳者です。
 持ち込みにも挑戦してきましたが、当初は実績がなかったせいもあり、どの出版社も「そのうち連絡します」とおっしゃるきり、なしのつぶてでした。
 とにもかくにも、当たるを幸い――という調子で、トライアルを受け、ある仕事は全部引き受け――料理本、ガイドブック、絵本といろいろやってきました。
 ――でも、仕事が続かない。「文芸翻訳家」になれないのです。
 わたしの場合、手がけている翻訳書の数が少ない出版社とお付き合いをしてきたことも大きな理由なのだと思います。
 とにかく、仕事が「続かない」のです。
 そこで、わたしも中村さんと同じく、持ち込みに賭けることにしました。
 でも、現実は本当に厳しいですよね。
 まだ日本に紹介されていなくて、おもしろくて、版権が取られていなくて、出版社の傾向に合い、連絡を取った編集者の感性に訴えなくてはならない。
 そのうえ、忙しい編集者に読んでもらい、返事をいただくまでには3ヶ月以上もかかることがざらなのです。
 でも、ようやく初の持ちこみが叶いました。
 今も3冊の本を別々の出版社に持ち込んでいますが――
 一冊はもう半年以上返事待ち。一冊は4ヶ月目に入り、最後の一冊はこれで持ちこみ3社目なのですが、一旦は「前向きに検討」と言われたものの、ボツの連絡が入りました。
 あ〜あ。また開店休業状態です。
 ああ……! ときどき、本当にこの仕事がいやになります。
 おそろしいほどの買い手市場であり、まともに(対等に)相手をしてもらえない現実。
 もがいてももがいても、ちっとも先に進めていないような焦り。
 中村さんは、本格的なデビューにいたるまでに、そんなむなしい気持ちに襲われたこと、ありませんか?
 やっぱり翻訳者になるひとつの道筋として、ある出版社に見込まれ、そこで複数――十冊なりなんなりを手がけ、それが他の出版社の目にとまって広がっていく――というのが理想のようにわたしは思うのです。
 わたしはあちこちから出しているようで、結局、今後も仕事をもらえる見込みのある会社はほとんどありませんから。
 結局のところ、「またいい企画があったらおしえてください」という感じで。
 だから、やっぱり、自分では一人前の文芸翻訳家という気がしませんね。
 全然軌道に乗っていないんですもん。
 いちいち、頑張って企画を立て、採用してくれそうな会社にめぼしをつけて、もちこんで、待って、待って、待って――の繰り返し。
 あ〜あ。いいかげん、「この本、訳してみませんか」「次はこれ、やってみますか」って言われたい〜。というのが本音でして。
 でも、それでもこの狭き門のなかでは、幸運なほうなのかもしれませんね。
 仕事が欲しい人は本当に、ごまんといるのですから。

 よく春先に「大学に進まないで、翻訳家をめざしたいのですが」「やりがいのある仕事をしたいので、いまの仕事をやめて、翻訳家になりたいのですが」という相談メールが、わたしのもとに届くのですが、翻訳家の実情をどう想像しているのだろうか、といつも首をひねっていました。
 このメールは、とても平均的な普通の翻訳家の実情をよく伝えてくれていると思います。わたしの知り合いも、みんなこんな感じです。
 高校生、大学生、OLのみなさん。本当に文芸翻訳家という進路を選択する覚悟があるかどうか、まず、自分のムネにきいてみてくださいまし。

 ところで、ここからは余談。
 今回のメールをいただいたことで、「ああ、わたしは翻訳家というよりも、翻訳をするミステリファンなんだな」と、思いました。
 わたしの場合、海外のおもしろそうなミステリを見つけて日本に紹介したい、というのが翻訳家になった動機のようなもので、おもしろそうな本を探す過程自体も、けっこう楽しかったりするのです。本を探すというのはつまり、本を読むということなので、仕事の名目で堂々とミステリを読めますから。
<文芸翻訳家>というものの定義というかハードルを、わたしはかなり低いところに設定しているので、気楽に楽しんでいられるのかもしれません。
 一冊でも本を出せれば、もう文芸翻訳家だと思うし、「おもしろかった」と言ってくれる人がひとりでもいれば、「よっしゃ。目的達成!」と思えるし。
 このメールをくださったかたは、はっきり言って、わたしよりよほどプロっぽい活動をしているように思います。いまも企画をたくさんたてていて、もう何冊か持ちこみで本を出していらっしゃるそうです。しかも、アマゾンなどの読者書評では、とてもおもしろかった、というすばらしい評価を受けているのです。すげー、りっぱなプロ文芸翻訳家じゃん。
 だってねえ。わたしよりも偉い人ですよ。だって、わたしはまだ持ちこみの企画がとおったことないもん。(ていうか、シリーズものの前半がおもしろくて持ち込んでみても、後半がダレていることが判明して、うーむ、やっぱやめます、と自分からひっこめてるのですが)
 何も言わなくてもつぎつぎに仕事が舞いこむようになる、というのはたしかに理想ですが、ビッグネームの翻訳家でも持ちこみはしていますし、仕事を続けるためには、あれこれ苦労をしなければなりません。
 ですから、企画をたてて、持ちこみをして、待って、待って、待って、というのは、この仕事をするかぎり、ついて回るわけで、いつになったらこの苦労から解放されるのか? と悩んで、現在の仕事を楽しまないのは、もったいない気がします。
 でも、わたしと違って、すごくまじめな人なんだろうな〜。

 わたしは、幸運にも訳書のいくつかがミステリのベスト入りしていますが、実は、<文芸翻訳家>をやっていて、いちばん嬉しかったことは、ベスト入りではなく、それこそベストとは全然関係のない本に対していただいた反応でした。
 だってねえ。ベスト入りするってのは、別に訳者の手柄じゃなくて、作者の手柄だもんねえ。
 だから、ミステリベストとは無縁の、老人ホームが舞台のユーモアミステリシリーズを読んだかたがたが、掲示板の書き込みや、メールや、ファンレターなどで、「おもしろかった!」と言ってくださることが、「ああ、ベストとかミステリマニアとか関係なしに、みんなが楽しんでくれてるんだ」とすなおに思えて、とても嬉しいのです。
 なかでもトドメのメールがこれ。
 そのかたはかなり重い病気で、普段も身体が痛いのだそうです。ところが、その本を読んで笑っている間は身体の痛みをすっかり忘れていられた、ありがとうございました、と、思わずわたしが、ひえーと声をあげてしまうような、お言葉をくださいました。
 うう、あたしじゃないよ。作者のおかげだよう。
 でもね。
 わたしの訳した本を読むことで、ほんの何時間にしろ辛さを忘れることができた人が、この世に確実にひとりいる。
 ああ、わたしは役目を果たせたんだな、となんとなく思いました。
 翻訳家になった動機は、「わたしがおもしろいと思った本を、日本の人に紹介して楽しんでもらう」ことでしたから。
 そういえば、翻訳家としてデビューしたばかりのころ、大ベテランの先輩に、「あなたはどうして翻訳家になったの?」ときかれて、そう答えたら、「その気持ちがあれば大丈夫。わたしもそういう気持ちで翻訳家になった」と言われたものです。
 一冊の本を訳すことで、ひとりを楽しませることができれば、もうりっぱな文芸翻訳家だと思うんだけどな。
 まあ、どちらがいいも悪いもありませんが、ただ、わたしのようにハードルを低く設定しておいたほうが、胃にアナはあかないよーな気がするなー。と思ったのでありました。
 
 というわけで、今回はオチも結論もありません。

お役立ち掲示板の過去ログ。日本文学の英訳の版権に関して。

ご協力者の皆さま、どうもありがとうございました。

 質問はちょっとまとがはずれているかもしれませんが何かアドバイスあればぜひお願いいたします。私のアメリカ人の友人が過去に一度日本の某作家の短編集を出したことがあるのですが、今回日本の女流作家の作品を英訳してアメリカの読者に読んでもらいたいといろいろな作家の作品を訳してみています。それで、一人の作家に直接手紙を書いてみたそうなのですがなしのつぶて。(私が日本訳をつけましたが)
 日本では著作権エージェントのシステムががまだあまり確立していないようで、誰とどのような方法で翻訳権に関する話をすればよいのかということが彼女はもちろん私にもよくわからず、図書館に通って著作権年鑑や出版年鑑などを読んでみていますが、なかなか実体に近づけません。もし、こうしてみたらどう?というアイデアがありましたらお聞かせいただけないでしょうか。(質問者さま)


「tfje」という文芸翻訳のメーリングリスト(ホームページはhttp://groups.yahoo.com/group/tfje/)で、日本で出版された本の英訳出版に関するスレッドがちょうど今進行中です。(2003年7月現在)
それによると、やはり原作の著者に直接交渉して翻訳許可を取り付け、英語圏での出版社探しなどは翻訳者がやるというパターンが普通みたいです。契約というものが大体においていい加減な日本では、翻訳権交渉といっても結局作家から「翻訳してもいいよ」という口約束を取り付けるくらいがせいぜいで、あとでトラブルになって苦労した人もいるとか。日本語から英語への翻訳出版はまだまだ少ないので、「こういうやり方がスタンダード」というのがそもそも確立されていないだけ、逆方向に比べていろいろ大変なようです。出版についても印税ではなく出版社が買い取りという場合も多いみたいです。お友達には、上記メーリングリストを覗いてみるよう勧めてみてはいかがでしょうか。

 なお、上記リストで今進行中のスレッドのきっかけになったのは、アメリア(http://www.amelia.ne.jp/)の日本文学英訳コンテストの情報でした。Vertical. Inc.という出版社(http://www.vertical-inc.com/)がアメリカで出版する本の英訳者トライアルという形式になっています。
コンテストの方はアメリアの会員にならないと参加できないのですが、Vertical. Inc.は日本の作品の出版を専門にしている会社のようなので、ここに直接問い合わせてみるという手もあるかもしれませんね。(優さま)

 ご質問に関連して、掲題の団体があるのでお知らせしておきます。
ある程度有名な作家はだいたい所属しているはずですから、一度ご連絡を取ってみてはどうでしょうか。翻訳権許可の交渉なども場合によっては代行してくれるかもしれません。
 
 日本文芸著作権保護同盟 〒102-0094 東京都千代田区紀尾井町3-23文藝春秋ビル
   03-3265-9658

 作家によっては加入していない人もいますので、この場合は直接交渉しかないでしょうけれど。(b.モリ さま)

 いろいろ御紹介いただいていて御報告が遅くなりました。実はまだ待機中なので、ちゃんとした御報告はできないのですが、とりあえず希望を持って待機中のご報告です!
 紹介いただいた「日本文芸著作権保護同盟」にお電話してみたところ、翻訳は扱っていませんとのことでした。
 でも電話に出られた女性の方がとても親切で、どなたの本をやりたいのですかと聞いてくださり、一応希望の作家の名前を言うと、私から先生に電話してみましょうとおっしゃっていただきました!
 それで、その結果ですが、毎日お電話してくださったようなのですが、御不在。たぶん旅行に出ておられるのでしょうとのこと。友人の手紙もまだ見ておられない可能性が高いことがわかりました。それでまた電話を続けてしてみて、連絡とれたらお知らせしますからということで、現在待機中です。
 とにかく足がかりができたことで現実味が出てきて、とてもうれしいです。重ねてみなさまにお礼を申し上げます。そして、また前進したら御報告させていただきます。
 この期間を利用して本を読み、翻訳の作業を続けることにいたします。ではまた〜
(質問者さまのご報告)

お役立ち掲示板の過去ログ。通訳案内業に関して。

ご協力者の皆さま、どうもありがとうございました。

 通訳案内業のHPをあちこち探しまわっていてこのページにたどりつきました。
 あちこちで、かなり収入が少ないように、書いてあって、本当の所をしりたく思っています。
 様々な資格の本だと、収入では、かなりの高ランクに書いてあるのですが。

 ちなみに、ドイツ語を受験志望です。年に12人程度しか受からない難関資格で本当にそんなに低収入なのでしょうか?仕事としては、そうとうにやりがいがあっていいなぁと思っているのですが、もしあちこちのHPに書いてあるみたいに年収200万円〜300万円とすると、そうとう厳しいですね。
 通訳のプロの方のお話をなにか参考になることがありましたら、お聞きできないでしょうか?(質問者様)


 通訳案内業は、通訳ガイドだけではまず食べられないので、パッケージツアーの添乗員なんかもやっている人が多いです。私の友人は、派遣で働きながら、通訳ガイドの仕事があるときだけ、休みをとってガイドの仕事をしています。通訳ガイドでも、日帰りしかできないと仕事はすごく限られますが、1週間ずっとついていくとか長丁場なのもOKとなると、少し仕事のチャンスが広がります。通訳ガイドの日当は、国家資格が必要なわりには低く、私が資格を取った頃で1万円くらいでした。
(補足。「私が資格を取った頃で通訳案内業の日当は1万円くらい」と書きましたが、さすがにもう少し高いようで、2万5000円くらいのようです。成田空港送迎などの半日仕事で9000円くらいなようです)
 ドイツ語の現役通訳ガイドの知人もいたのですが、もう何年も会っていないし、今となっては連絡先もわからないです。
 英語は仕事も多いですが、ライバルも多いし、その分要求されるレベルも高いです。
 アラビア語とか、ペルシャ語、タイ語とかのマイナー言語だと仕事のチャンスは多いと思います。とくに警察関係で。
 Viel Glueck!(que sera様)

 今日、9月30日は「国際翻訳の日」(International Translators' Day)だそうな。
 聖書をラテン語に翻訳した聖ヒエロニムスの記念日が9月30日なので、それにちなんでのことなのだそうです。
 だからなんだっていうわけじゃないですが…。

 翻訳・通訳関係の仕事で高収入が得られるのは、
・会議通訳…需要の多い分野の専門知識がある同時通訳者は引っ張りだこ?
・和英実務翻訳…特許とかの和英翻訳は単価がいいらしい?
といったところでしょうか。あくまで私の推測ですが。プロとしてものになるまでの道のりも険しそうな分野ですが、要するにそれだけ数が少ないんでしょうね。(優 様)


 通訳ガイドは結構季節労働者です。春と秋は仕事が多いけど、夏と冬はほとんどないと聞いています。秋が多いのは、多分学会シーズンなので、学会のために来日したついでに観光していくのでしょう。春は桜の効果かしら…?

 日当には、集合場所までの交通費などは含まれていません。また渋滞などで仕事が終わるのが遅くなっても、時間外手当はでません。以前は昼食代もガイドの自腹だったそうで、お客さんが豪勢(かどうかはわかりませんが)な食事を食べている間、裏でこそこそと安い食事ですませていたそうです。
 あまりの待遇の悪さに、現役ガイドたちが組合を作り、旅行会社にかけあい、昼食代を勝ち取ったそうです。
 でもバブル期に聞いた話なので、今は少し事情が違うかも。
 それにしても、同じ国家資格でも弁護士や税理士なら時給で1万円稼げるのにね。

 試験直前、通訳ガイドの予備校に少しだけ通ったのですが、そのとき院長が「この資格を取れば、あのいやな上司に辞表を叩きつけられるのだ!」と受講生に葉っぱをかけていました。合格発表直後、その予備校主催で、合格者だけの集まりがありました。現役ガイドのお話が聞けるとあって、結構大勢集まったのですが、要は「仕事なんてありませんよ」というキビシイお話。
「さんざん夢を見させておいて、うかったとたん現実をつきつけて、どーんと落とすという感じだね」と参加者とささやきあいました。
 ところで、院長の言葉を実行して、本当に辞表を叩きつけてしまった男性がいました。しかも妻子持ち。
 さすがに院長が責任とって、その男性を自分の予備校で雇いました。「広島から東京までの引越し代も持ちましたよ」と院長自ら話していましたが、「まいったな、まさか、本当にやるとはなぁ」というような表情でした。

 何かご参考になれば…。(que sera様)

関連したその他のコメント。

 実務翻訳のことはよく知りませんが、文芸翻訳の場合、収入はかなり不規則です。
 なぜなら、印税は本が出版されてはじめていただけるから。
 しかも、本を1冊訳すには、だいたい3か月かかります。それから校正に入ってその後ようやく出版。印税がいただけるのは、だいたい出版の翌月です。つまり、10〜12月でやった仕事に対する報酬をいただけるのは、早くても翌年の3月と思われます。
 でも、これはあくまでもすべてがものすごく順調に進んだ場合。出版社に原稿を渡してから本が出るまで1年なんてこともよくあります。その間の収入は当然ゼロ。そういう意味でも、いきなり翻訳1本にかけるのはギャンブルだということではないでしょうか。
 さらに、これには「出版社から単訳の依頼をいただける」という大前提が必要で、それには翻訳の勉強を始めてから平均で5年かかると言われています。(ピート様)

 実務翻訳も収入は不規則です。翻訳会社に登録しても何ヶ月も仕事がないのはざらです。駆け出しとなるとなおさらです。翻訳会社も、駆け出しの人間に頼むのは不安ですしね。実務翻訳でも理系もの(医学、薬学、化学など)ができるなら、話は別だそうですが。
 ただ、実務翻訳の場合、文芸翻訳より作業期間がはるかに短い(分量によりますが、1〜2週間くらいが多いかな、超急ぎものだと「今日中」というのも)ので、翻訳料も(ちゃんとした会社なら)1〜2ヶ月後くらいには入ってきます。(que sera様)



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