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持ちこみ

 先日、「中村さんのホームページでは持ちこみが奨励されているけれども、出版界における持ちこみの厳しい現状について知らせず、ただ奨励するのは無責任ではないか」というご意見をいただきました。
 要するに、持ちこみ原稿が本になる可能性はゼロに近いのだから、「出版社に持ちこめば翻訳家になれるよ」などと夢のようなことを言うのは、いかがなものか、とそのかたはおっしゃるのです。
 しかしですね。宝くじに当たる秘訣は、宝くじを買うことだ、というのと同じで、翻訳家デビューする秘訣は、編集者の目にとまることなのですよ。
 その方法のひとつが「持ちこみ」なわけで、出版社への別ルートなりコネなりを持っている人は、それを使えばいいだけです。
 さて、デビュー前のわたしが持ちこみを決意した理由は、すでにいろいろ書いてきたとおり、わたしの場合は、翻訳学校の先生から仕事を紹介してもらえるのをのんびり待っていてもダメだ、と判断したからでした。
 ほかの教室は知りませんが、少なくとも、わたしのかよっていた教室は生徒数が約30人。そして、1年にひとり(というのは、かなりのハイペースです)くらいずつ、先生から仕事をもらって、一応プロの仲間入りをしていきました。
 先生の推薦を受ける人というのは、クラスで1、2を争う優秀な人ばかりです。その年、いちばんの成績優秀者が、順番に巣立っていくわけですが、30人全員が紹介されるまでには、単純計算で30年かかりますね。
 しかも、毎年、あらたに優秀な新人がクラスにはいってくるわけですから、のんきにかまえていたら、何年かかるかわからないではありませんか。
 わたしは自分が特に優秀ではないことを知っていました。そこそこ優秀だとは思っていましたが、「そこそこ」では一番にはなれない。ですから、クラスの最優秀賞をとって先生の推薦をもらう、ということは、ほとんどあてにできないと覚悟しました。
 そういうわけで、まだしもギャンブル的には見込みがありそうな「持ちこみ」に、わたしは賭けたのです。玉砕覚悟で。
 職業翻訳家としてデビューする足がかりは、いまのわたしにも、どこにあるのかわかりません。
 経済的な余裕があれば翻訳学校にかよってみる、プロの作家や翻訳家や編集者と接点がある場所に行ってみる、自分達でサークルを作ってみる、翻訳奨励賞にかたっぱしから応募してみる、おもしろい本を見つけたら持ちこみをしてみる。
 そうやって、ありとあらゆる手を打って、少しでも可能性を広げることが、デビューのための秘訣といえば秘訣ではないかと思います。
 それに、「どうしてもこの本を紹介したい!」という熱意があるのなら、版権問題さえクリアできれば、愛する作品を出版することは必ずできます。いろいろな出版社をまわらなければならないかもしれませんが。
 同志のみなさま。がんばりませう!

教室の弊害

「嫉妬はするな」と、先生は頻繁におっしゃいました。
「自分より、うまく訳した他人を嫉妬するな。他人より、うまい訳を作ってやろうと思うな。嫉妬で訳者として前進することはありえない。嫉妬するひまがあったら、うまい人の訳を盗んで、自分がうまくなれ」
 そんなことを言われても、教室でいつもほめられる優秀な人の試訳を聞けば、やっぱりうらやましいし、先生が下訳の仕事を紹介する人のことは、ねたましいし、あの人たちに負けない、すhぁらしい訳語をひねりだして、先生にほめてもらいたい、と思っちゃうわけで・・先生のこの言いつけを守ることは、なかなか難しいのでした。
 翻訳学校というところは、他人との比較によって、個性的であることの大切さを学んだり、自分のレベルをはかったり、もちろん、技術を盗んだりもできる、メリットの多い場ではありますが、実は、他人との比較から生まれる弊害もあるのです。
 話は飛びますが、プロとして翻訳の仕事を始めたわたしは、ひとつの作品を訳しはじめる前に、いつも厳粛な気持ちで自分に誓います。
 この作品を日本の読者が愉しめるように、最大限の努力をしよう。
 作者の意図した効果が、なるべくそこなわれずに伝わるよう、できるかぎり作者の気持ちを読み取ろう。
 そうして訳しはじめれば、たとえば自然のみずみずしさ、あるいは、すべてを焼きつくすほどの憎悪、はたまた、かすかな雪のにおいを、読者に味わってもらえますようにと、一生懸命に辞典をめくり、詩集から表現をぱくり、個性的な訳語をひねりだし、さまざまな作家、翻訳家の文を、言葉を、まねて、盗んで、うまく訳そうと努力するものです。
 原作者が、ここはコミカルにしよう、ここはしっとりと語ろうと思っているなら、それをあたうかぎり忠実に伝えようというのが、われわれ職人の心意気なわけで、そのために技術をみがき、うまくなりたいと願い、みずから向上しようとはげみたくなるものなのです。
 翻訳者はあくまで、読者と作者と作品のためを思って訳さなければなりません。教室にいると、どうしても先生やライバル(この言葉もどうかと思いますが)ばかりを意識しがちで、訳者としてのそんな根本的なこころがまえを、つい忘れそうになります。
「うまい」訳で読者の鼻をあかしてやろう、という変な欲さえ出てきます。それでは、よい訳者になれない。
 そうか、先生はそーゆー意味で「嫉妬だけは絶対に許さん」と、鬼のような顔でしつこくくりかえしてたのね、と10年たったいまごろ(遅いよ)気づいたわたし。
 嫉妬、という煩悩を捨て去るのは、やはりどうしても難しいかも知れませんが、がんばって除夜の鐘とともに、ぼんぼんと捨ててしまいましょう。
 よいお年を!

児童文学

 翻訳を始めたころに、いちばん悩んだのはカタカナでした。あまり律儀に日本語に置きかえるのもなんだし、いまはすごい勢いで外来語のカタカナ日本語が増えているので、どこまで<日本語>として、<英語読みそのままカタカナ>を使っていいのやら、わからなかったのです。
 性質は違いますが、やはり困ったのが<ミスター><ミセス><ミス>。まるっきり使わないのも不自然ですが、わたしは<氏><夫人><嬢>のほうが好きなので、こっちにしたいなー、と思いつつ、やっぱ古くさいかなー、とさんざん迷いました。
 が。編集部にあずけておいたデビュー当時の原稿を、訳者校正のために、2年ぶりに読んだ時は、まったく迷いませんでした。2年のブランクの間に、わたし自身の翻訳の姿勢が確立していたおかげです。
「これは現代が舞台だから<ミスター>とかにしておこう」「カタカナを多めにしておこう」と、かつて小賢しく小手先でいじった小細工は、すべて好みどおりに修正しました。
 すなわち、<ミセスなんとか>は<奥さん>に、<フラワーフェスティバルのフラワーアレンジメント>は<百花祭の生け花>に。(余談ですが、この本が出た直後に、高島屋デパートで<百華祭>バーゲンが始まって、仰天しました)
 結局、自分が納得できる訳語でなければ、自信を持って訳すことはできないのだと、思い知ることになった経験でした。
 こんな訳語に対するわたしの好みは、子供のころに読んだ、児童文学がもとになっているのではないか、と最近、思うようになりました。
 リンドグレーンの「ごたごた荘に住むピッピロッタ・タベルシナジナ・カーテンアケタ・ヤマノハッカ・エフライムノムスメ・ナガクツシタ」、くまのプーさんとコブタが歌う「ゆーきやこんこ、ぽこぽん! あられやこんこ、ぽこぽん!」、ドリトル先生に出てくる両頭動物の「オシツオサレツ」に亀の「ドロンコ」・・どれもこれも、英語をそのままカタカナ読みにしただけではわからない、言葉の持つ意味を生かした、子供が読んで、そのユーモアが頭にすっとはいる訳ばかりです。
<うさこちゃん><子犬のくんくん><コブタ><トラーちゃん><ひとまねこざる>が大好きだったわたしには、<ミッフィー><スナッフィー><ピグレット><ティガー><キュリアスジョージ>という訳語がどうもぴんとこないのです。
 誤解しないでいただきたいのですが、もちろん、カタカナ読み多用が必ずしも悪いわけではありませんし、<ミスター><ミセス>のほうがふさわしい作品もあります。わたしのように「できるだけ日本語や漢字にかえてしまいたい」という訳しかたを「泥臭くて格好悪い」と思う人もいるでしょう。
 結局はケースバイケースでやるしかありませんし、批判を覚悟で、自分の好みどおりに選ぶしかないのですが、自信を持って決断するのは、ある程度経験をつまないと難しいものです。
 自分ではなかなか決められないから、ほかの人がどうやっているか、現代の翻訳作品を参考にしちゃえ、と思っても、<カタカナ派>と<漢字派>が同じくらいいるので、ますます悩んでしまいます。デビュー当時、わたしもどちらをまねるべきか、さんざん迷いました。
 そこで、迷える新人さんにひとつ提案。翻訳のすぐれた児童文学を参考にしてみてはいかがでしょうか。児童文学の翻訳はたいへんに難しいものです。子供にわかりやすい、自然な美しい日本語であらわさなければならないのですから。
 翻訳のすぐれている児童文学を読んで、なぜわかりやすいのか、なぜ読みやすいのかを分析してみてください。<カタカナ派>にしろ<漢字派>にしろ、自分の翻訳スタイルの土台作りにきっと役立つはずです。
 念のために、もう一度申し上げておきますが、どちらがいいということではありません。自分はなぜ<ミセス>を選んだのか、なぜ<夫人>を選んだのか、という理由さえ、翻訳者が自覚していれば、どちらでもいいのです。
 たとえば、「リズム感を最優先させたい」と思えば、カタカナが多くなるかもしれませんよね。それは正しい判断だと思います。
 前述の「(大聖堂の)フラワーフェスティバル」を「大聖堂の花祭り」とやって、大聖堂でお釈迦様に甘茶をかけてしまうようでは、いくら<日本語>になおしているようでも、それは何も考えていない、と言わざるをえないでしょう。
 だから、形の問題ではないのです。
 肝心なのは、自信を持って訳すために、自分のやりたい翻訳のかたちを知ること。その一手段として、児童文学の翻訳そのものをじっくり読んでみてください。

ただの思い出話

 3月のこの時期になると、こんなわたしのところにも進路についての相談が、ちらほら舞い込むようになります。今回、なかなかインパクトのあったおたよりは、このコーナーに出てくる、怖い先生の授業をぜひ受けたい、というものでした。
 ううーむ。残念ながら、この老師はすでに翻訳学校をおやめになって、いまは個人で教えてらっしゃるのですが、友人の話では、わたしが通っていたころのようなスパルタ授業ではないそうな。
 どれだけスパルタだったかというと、そうですね、老師に習っている、と言うと、「あ、男の生徒も泣くって先生でしょ」と、必ず切りかえされたものです。
 大昔はたしかにそうだったようですが、わたしの時代には老師はずいぶんお優しくなっていて、男は泣かなかったけど、女は泣いてました。
 老師の授業では、まず全員に、課題として英語で書かれた短編のプリントが配られます。これが宿題で、次の週までにそれを訳し、(一応)全員が原稿を提出ます。
 プリントには作品の本文しか、印刷されていません。作者名、タイトルは伏せられています。生徒は本文を読みこむことで、作品ジャンル、読者層を推理し、作者のメッセージを理解します。(この講座はミステリではなく、英米文学の授業だったので、テキストのジャンルが幅広かったのです)
 いま思えば、この修行が、リーディングのとてもいい練習になっていました。
 さて、原稿を集めた老師は、同じ段落ひとつ分につき、ランダムに選んだ10人ほどの訳文を朗読し、それぞれに、そりゃもう死ぬほど厳しいコメントをつけていきます。
 同じ箇所をたてつづけに10通りの訳で聞かされると、教室にかよいたての新米の耳には、どれも上手に思えるのですが、何ヶ月かたつうちに、「これはうまい訳」「これは一見、うまいようで、実は工夫のない訳」というのが、なんとなくわかるようになります。身体で覚えるんですね。
 しかし、この授業で本当に恐ろしいのは、コメントをもらうことではありません。
 いちばん怖いのは、老師が、たとえばわたしの原稿をじーっと見たあと、深い深いため息をおつきになり、
「ゆきちゃん」
「・・はい」
「困っちゃったね」
 と言って、ぽんと原稿を投げ捨てる時です。(いや、床にじゃなく、机の上にですが)ああ、何度やられたことか。
 そして、どこがどんなふうに困っちゃった訳なのか、教えてもらえないのでした。「ほかの人の訳を聞いて、どこが悪いのか考えなさい。うまい人から盗め」とおっしゃるばかり。
 そんなことをーいわれてもー。
 授業が終わると、わたしは友達のマリちゃん(仮名)と、神保町の駅まで、とぼとぼと歩きます。ふたりとも精神的に疲れ果て、このまま歩いていたら倒れてしまう、とだいたい毎回、ドトールに寄って(なにせお金がないので、喫茶店にもはいれないのです)、お茶を飲みながら、慰めあうのでした。
「今日も先生を困らせちゃった」
「あたしも」
「プロになれるのかなあ」
「翻訳家になるより先に、りっぱなマゾになりそうだよ」
 こういう修行を5年も続けると、原稿をけなされることに耐性がつき、実際にデビューして、編集者に原稿をびっちりなおされても、あまりショックを受けずにすみます。そのためのマゾ調教でもあったわけですね。
 老師は、具体的なテクニックを直接教えるのではなく、勉強の方法、よい翻訳を見分けるセンス、自分の個性の伸ばしかた、翻訳に対する心構えなどを、わたしたちの身体にたたきこんでくださったのでした。
 学校にかよっていた当時よりも、プロになったいまこそ、「翻訳家としての基礎」を固める老師の指導のありがたみが身にしみます。
 あの当時は、ただただ恐ろしかったけど。

 わたしはミステリの翻訳をやりたかったので、翻訳学校の転校を決意した時に、ミステリ専門の講座を選ぼうと思っていました。
 たまたま夏期講習のちらしにミステリ翻訳家の先生の講座があり、ひょいと参加したのがきっかけで、第2の師匠に3年間、お世話になりました。
 この師匠は、生徒ひとりひとりの欠点を的確に見抜き、ここをこうなおせば伸びる、とピンポイントでアドバイスしてくださるのでした。
 またえらく気前がいいので、テクニックやちょっとしたコツなどを、どんどん伝授してくれます。
 師匠に、ちょい、ちょい、ちょい、となおされて、わたしの翻訳は自分でもはっきりわかるくらいに、しかも短期間に上達しました。それまで身体の中にためていた力がどんどん引き出されるように。

 老師は、「翻訳家の種」をまくための土を作ってくださり、あとは肥料や園芸用品を与えるから、生徒が自力で「翻訳家の木」を育てなさい、というタイプ。
 師匠は、生徒が自己流で育てた、ちょっと曲がったぼさぼさの「翻訳家の木」に、支柱をそえ、剪定をして、よい形に矯正してくださるタイプ。
 劣等生の超未熟者だったわたしは、老師に基礎を作ってもらい、師匠にやすりをかけられて、ようやく一人前(といわせてちょうだい)になれました。
 習った順番がよかったんですね。逆だったら・・
 いやー、運がよかったわ。

 というわけで、今回は翻訳家になるには運も必要だ、という思い出話でございました。

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