HOME


お金の話

 翻訳学校に通っていたころ、「こういう翻訳なんてやっている人は、どうもお金の話になるとおっとりしている」と言われました。出版社から支払われる額をそのまま鵜呑みにして、深く追求もせずにそのまま受け取る人が多い、そうです。
 でも、間違いってあるものですよ。
 以前、明細からある仕事の料金が抜けていたことがあります。「この分のお金をもらっていない」と言ったら、すぐに振り込んでもらえました。実は、わたしはこういうミスがあることを予測して、仕事の内容と、受けた日付けを全部記録しておいたのです。
 というのも、以前、翻訳学校のコーディネーターをはさんで何社かのリーディングをやったことがあるのですが、そのうちの一社からはついに料金をもらえなかった、という経験があったからです。
 コーディネーターがはさまると、編集部と直接やりとりするよりもタイムラグが生じるので、お金が振り込まれるまでに、三ヶ月くらい間があくことがあります。そういうわけでのんびり待っていたら、いつのまにか一年たっていました。時効です。しくしく。
 まさかそんなミスがあると思っていなかったわたしは、それまでは仕事の記録なんていちいちとっていませんでしたが、以来、すべての記録を残して、毎月の明細をチェックするようになりました。証拠がないと、請求のしようがありませんものね。
 しかし、翻訳学校でA社やB社やC社のリーディングを紹介されたけれど、料金が支払われない、とわたしに告白してくれた人が大勢いるのはどういうことでしょうか。
「仕事の記録はとってあるんでしょ? なら、言えばいいじゃん」きっと、忘れてるか、伝達ミスがあったんだよ、と言ったら、みんな答えはいっしょでした。
「そんなこと言って、仕事をもらえなくなったら困るもの」
 ‥‥最初がそんな弱腰では、対等に扱ってもらえなくなる、とわたしなんかは思うのですが。D社からリーディングの仕事を三度引き受けて、一度も支払われたことがないとぼやいている人もいました。なんで請求しないかなー。
 ところで、ひとつ不思議なことが。
 普通、リーディングなどの原稿に対する消費税は原稿を書いた人に戻ってくるものですが、コーディネーターをはさんだ仕事では、原稿料から消費税が引かれていました。なぜ? どうして?

たまごの心得

 最近、中学生や高校生のかたがたからメールをいただきます。進路相談で。(うわー、なつかしい響き)
 そういえば、翻訳学校に通っているひとに向けては、ある程度の事を書いてきましたが、その前段階についてはまったく触れていなかった、ということに気づきました。そういう若い人々がこんなページを進路の参考として真剣に読んで下さっていると知って、驚いている次第でございます。
 というわけで、新学期特別企画。今回は、中高生の皆さんに向けて、少々、まじめなことを語らせていただきましょう。
 ええと、どのメールも内容はほとんど同じでした。「どの大学に行けば翻訳家になる時に有利ですか」「高校を出たら、大学に進学するよりも、翻訳学校に通ったほうが有利ですか」
 少なくとも、文芸翻訳に関しては、学歴はまったく関係ありません。どういう経歴だろうが、商品になる翻訳ができて、訳文を本にしてくれる人の眼にとまれば、翻訳家になれます。持ち込みで履歴書に「〜大学〜学部卒」とあったほうが有利なのでは、というご質問かもしれませんが、全然、関係ないでしょうね。企画と訳文さえまともなら、履歴書の影響はないはずです。受験に際しては、自分の行きたい学部を選ぶことが肝心でしょう。
 大学で好きな分野を勉強しつつ、翻訳家になる準備をしてください。翻訳家に必要なものは、雑学と人脈とさまざまな経験です。4年間、興味のあることを勉強し、友達をたくさん作り、旅行をし、趣味を楽しむ。(だからと言って、大学で遊ぶことをすすめているわけではありませんよ)
 どうしても翻訳学校に行ってみたければ、夏休みなどに短期のセミナーに参加してみたり、1週間に1度程度のクラスに通う程度で十分です。わたしなんて、ひと月に2回のコースでしたからね。
 翻訳学校には、お金さえ払えば、どんな年齢の人でもはいれます。いつでも好きな時に行けるんです。でも大学は違います。同じ年代の友達と一緒に、学生生活を送ることのできるチャンスは一生に一度しかありません。それを棒にふるなんてもったいない! 高校を出てすぐ翻訳学校に通って、お勉強をまじめにするよりも、大学でさまざまな経験をしながら、4年間で本を1000冊読んだほうが、よほどいい文芸翻訳家になれるはずです。
 受験生の皆さん、自分の希望する好きな大学に行って、本をたくさん、たくさん、読んで下さい。そして4年後、たとえ翻訳家になる意志がなくなっていたとしても、読書という貯蓄は決して、決して、人生の無駄にはなりません。

 

エージェントのリーディング

 先日、Aさんというかたに「リーディングであらすじを書く時って、創作している感じがしませんか」ときかれました。ええー? あらすじを勝手に作ってはまずいでしょう。
 ところが、Aさんが仕事をもらっていたのは出版社ではなく、エージェントだったときいて納得しました。そう、エージェントのリーディングは創作に近いのでございます。
 以前、やはり同じ仕事をしていたBさんが、「あらすじを書く時って良心が痛むのよー」と言っていました。「結局、エージェントって原書を出版社に売りこむのが仕事なわけよ。だから、どんなにつまんない本でも、いいところだけをよりすぐって、いかにもおもしろそうにあらすじを作って、<これはおすすめです>みたいなコメントつけないと、だめなのよー」
 そ、そうだったのか。出版社のリーディングは、つまらない本を予選落ちさせるためのものなので、わたしはいつも「つまらない」「最悪です」「へたくそ」ぐらいのコメントをつけちゃってますが。
 その話を聞くまで、実はわたくし、エージェントのリーダーはバカなんじゃないか、と思っていました(ごめんね)。原書にはさまっているレジュメが、「これは、どう読んでも駄作だろ」という本までも、ベタぼめしているからであります。なぜ、こんな読解力のないヤツにリーディングをさせる、と日々、疑問に思っていたのですが、そうじゃなかったんですね。
 なんと、この恐ろしい事実はプロの編集者にも意外と知られていないようで、「うちはリーディングなんてムダなことしませんよ。エージェントからレジュメが送られてくるし、原書の表紙見返しにあらすじが書いてありますからね。はっはっは」と笑っている人もいました。いいのか?
 さて、前述のエージェントでリーディングをしていた2名ですが、あまりのストレスで「もう書けない」とリタイアしてしまいました。ふたりとも善人すぎたのね。
 もちろん、エージェントのリーディングが全然勉強にならないわけでもなく、おもしろい本をほめて、出版社にアピールする技術はつくでしょう。さらに、無料で最新の本をたくさん読めて、お金をもらえて、コネまでできるわけですから、やらないよりはやったほうがいいと思います。
 ただ、「これは仕事なんだ」とわりきってやらないと、まじめで善良な人ほど悩むのでしょうね。経験から言うと、リーディングなんて、まあまあおもしろい本が10冊に1冊、見つかればいいほうだし。
 というわけで、今回は(役にたつのか?)暴露話でした。ちゃんちゃん。

多読

 わたしが翻訳の手ほどきを受けた先生は、授業のたびに、「本を読んでいるか?」とおっしゃったものでした。「くだらない本を読め。毎日読め。借りてでも、網棚から拾ってでも読め。とにかく、くだらない本をたくさん読め」
 この『くだらない本』というのは、先生流の毒舌で、要するにわたしが訳しているようなミステリとか、時代小説とか、エンタテイメントとか、教養を高めるというよりは、ヒマつぶしや娯楽目的で書かれた読みもののことです。
 下等とか、低レベルという意味ではありませんよ。わかってらっしゃるとは思いますが、念のため。
「気取った文芸作品ばかり読んでもしょうがない。きみたちはどんな読者にむけて訳すのだ。インテリ女子大生ではない。テレビ好きな子供や、特に専門知識があるわけではない、ふつうのおじさん、おばさんが相手だ。本当にうまい作家というのは、そういう読者を楽しませることのできる作家だ。彼らにわかりやすく伝えることのできる作家を手本にしろ。技術を盗め」
 ああ、こうして書いていても、身がひきしまるー。先生は本当に怖かった。
 さらに先生は「漫画を読め」と繰り返しました。教室に来ていたのは、一応、翻訳学校に来るくらいだから、やっぱり優等生タイプのご婦人がたがほとんどで、「いえ、漫画はちょっと‥‥(そんなレベルの低いものは)‥‥」という回答が多かったのです。
 すると、先生が怒る、怒る。「漫画から学べるものは多いはずだ!」
 たしかに(特に異性の)台詞などは、漫画を読む人と読まない人では、違ってくるでしょう。漫画流にくずれた言葉を、実際に翻訳で使う、使わない、は別として、「こんなサンプルもある」ということを知っているかいないかで、微妙な部分が違ってきます。
 また、情景を眼に見えるように訳すことが、読者にとってわかりやすくおもしろい翻訳につながるわけですから、その意味でも漫画という表現形式は参考になりましょう。
 ところで、わたしの大学には<日本語科>がありました。留学生が日本語を学んだり、教授達が日本語そのものについて研究する語科です。
 ここの某教授は大学祭のたびに、毎年、どう見ても古本、という、ばばっちい文庫本を、1冊10円で何百冊も大放出してくれるのでした。
 初めて見た時は、「ずいぶん守備範囲の広い読書だなー」と思いましたが、それにしても、あまりにばらんばらんで脈絡がなさすぎる。そして、はたと気づきました。
「日本語のサンプルか!」
 そうです。生きた日本語サンプルを集めるために、日本語科の教授は『くだらない本』を何百冊も(熟読はしていないでしょうが)読んでいるのです。
 うーん、さすがプロは違うな。って、感心していてはダメですね。

トラブル回避術

 どんなに気をつけていても、ミスをするのが人間というもの。
 悪意の有無はともあれ、出版社にせっかく持ち込んだ企画に対する返答がいつまでたってもこない、忘れられているのか、渡したはずの原稿が行方不明になっているのかもわからない、という状態はつらいものです。
 ですから、あとになってもめないように、持ち込む際にはできるかぎりの予防策をとっておきましょう。

 原稿を持ち込む場合は、なるべく編集者に直接会って、名刺を交換すること。
 地理的にそれが無理な場合は、まず電話なりメールなりで、原稿と原書(のコピーも可)を送付する旨を伝え、それを受け取ってくれる編集者のフルネームを教えてもらい、送付する際に、必ず、書留なり宅配便なりで送付したという証拠を残し、宛先を「編集部内 だれそれ様」と書いておくこと。
 時間がたつと、いつのまにかその編集者の部署がかわっていることがままありますし、辞めてしまっていることもあるからです。
 それから、1、2ヶ月に一度は、編集部に連絡を入れて、「あの企画はどうなっていますか」と問い合わせ、らちがあかないと思ったら、「原稿を返してください」と伝えること。

 さて、企画がとおって、いよいよ正式に翻訳を依頼されたなら、最初に条件について、はっきりさせておく必要があります。
 印税率、振り込みの時期など、お金に関することを曖昧にしたままで仕事を引き受けないことです。
 以前、某パーティーで翻訳家や編集者が集まって雑談をしていた時に、
「発行部数ではなく、実際の売り部数分だけ印税を払うと言われたのだけれど、どれだけ売れたのかなんて、訳者には調べようもないし、そもそも、初版部数も教えてもらえないので、ごまかされているような気がする」
と相談した人がいました。
 どんなに訊ねても、初版部数すら教えてくれないそうなのです。
 それを聞いていた、某大手出版社の編集者が、
「ろくでもない出版社は多いですからね。次からはそういう出版社とつきあわないことですね」と言いました。
 ええー、そんなー。と、その場は終わったのですが、それについて掲示板に書き込みをしたところ、ベテラン翻訳家、浅羽莢子さんから、ご助言をいただきました。
 以下、許可をいただいて、引用させていただきます。(ありがとうございました)

 中村さんがお書きの、売れたぶんだけ印税を支払うという件についてですが、わたしもそうした形になっている本があります。
 学術系の出版社に多い形のようです。
 きちんとしたところは、
初版部数、年度もしくは半期ごとの実売部数、そこから計算される印税の明細を送付してくれます。

 翻訳をなさる場合、会社によってやりかたが違うのは当然と考え、初めて仕事する出版社に対しては、「お金のことばかり言うのも・・・」とおよび腰になることなく、事前に印税のパーセンテージ支払い日振込方法などをしっかり確認なさるべきです。
 売れ高払いといわれた場合は、明細等の
発行があることを確認し、不安なら断ればいいまでのことです。


 や、やっぱり。普通は教えてくれるものなんですね。
 勇気はいりますが、自分の身は自分で守る努力をいたしませう。

HOME