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本の選び方

<売りこみ><持ちこみ>と言っても、まず本を選ばないと始まりません。
 むかしはわたしも要領が悪くて、神保町や洋書をたくさん置いている大型書店をうろつきましたが、あれは疲れるばかりで、あまりおすすめできません。
 目的が<持ちこむための本を探す>という一点にあるのなら、海外通販が便利です。
 わたしは海外の書店から月刊カタログを取り寄せて、ペーパーバックを毎月5、6冊買っていました。当時は1ドル90円以下というバカみたいな円高だったので、それだけ買って送料を払っても、3000円ちょっとでした。
 何百冊という最新の洋書が紹介されたカタログを家でゆっくり読んで選ぶことができるうえに、安上がりなわけですから、いいことづくしと言えましょう。
 今、これをごらんになっている皆さんは、インターネットを利用できるのですから、わたしの時よりもっと手軽に通販を使えるはずです。
 そうやって何冊か読んでみて、これだ!、と思った本をいよいよ持ちこむわけですが、ここでひとつ忠告を。
 持ちこみの場合、訳文の出来だけでなく、選球眼も見られることがあります。
 つまり、デビューをあせるあまり、「とりあえずなんでもいいから、1冊訳して持ちこんじゃえ」といういいかげんな本の選び方をすると、持ちこまれた方は、「なぜこんなつまらん本を選んできたのかな」と思う、かもしれません。
 そう言われても、どの程度おもしろい作品なら出版できるレベルなのかわからない、とお思いでしょうが、難しく考える必要はありません。
 なぜこの本を選んだのか。
 その理由さえしっかりわかっていれば大丈夫です。
 自分はここをおもしろいと思った。ここに感動した。このテーマに興味があった。こんなタイプの本ははじめて読んだ。
 だから日本の読者にもこの作品を紹介したいと思った。
 自信をもってそう言える本を選ぶことです。
 そもそも、その気持ちが基本になければ、翻訳家をめざす意味がどこにあるでしょうか。
 まあ、そんなきざな理由以外に、もっと実際的な意味もありますけどね。
 持ちこんだ原作が、たとえ「今回は保留」(婉曲的なボツの場合が多い)と言われたにしろ、「この本を選んできたのならなかなかの選球眼はある」とみなされれば、リーディングの仕事がもらえるかもしれません。
 ですから、持ちこみの原書は真剣に選んでください。
 最低でも30冊は読むこと。
 東京創元社では100冊リーディングして1冊商品化されるかどうかなのです。

印税

 職業として翻訳をやっていくなら、誰でも関心があるのは収入のことでしょう。
 はっきり言いましょう。
 もうからん。
 ベストセラーにでもあたらないかぎり、自分一人は食べていけても家族を養うことは難しい、と某先輩に言われたものですが、それは本当。わたしなんて、自分一人さえ食べさせられないかも。
 なのに訳書を出してしばらくの間は、「左うちわですね」とか「おごってくれ」とか、いろいろな人に言われました。あたしゃ、あんたたちよりびんぼーだよ。お給料もボーナスももらってるくせに。翻訳家には保険だって、退職金だってないんだぞー。
 翻訳で訳者がもらえるお金は印税と呼ばれます。この額は本の定価×部数×印税率で決まります。
 たとえば1冊500円の文庫を15000部刷ってもらえたとすると、翻訳の印税率は普通8%ですから、500×15000×0・08=600000で、60万円になります。しかし、源泉徴収で1割引かれるので、実質的には54万円。ここに消費税が戻ってくるので、手取りは57万円です。
 この60万円そこそこの印税をもらえるまでの時間が長い。
  翻訳に3ヶ月、編集作業に2ヶ月、スムーズにいっても5ヶ月かかるわけですが、お金がもらえるのは、訳書が出た月の月末、または翌月末払いです。それまでは無収入。出版社によっては本が出てから半年後にようやく、というところもあるようです。
 仕事をもらえてから最低でも半年は収入がないし、もらえたにしてもそうそうたくさんはもらえないし、新人翻訳家のおさいふはなかなかきびしいものなのです。もちろんメガヒットをとばして印税がどかどかはいってくる生活も、可能性としてはありですが、宝くじに当たるようなものなので、過大な期待はしないように。(でも、夢は捨ててないのよん)
 そして収入は初版だけと割り切って考えておいた方がいいです。再版というのは、本当にあてにできません。でも、あてにしなければ、忘れたころにボーナスがふってくる楽しみはあります。
 わたしの場合は年末ミステリランキングにはいった「猿来たりなば」だけは順調に版を重ねてくれているので、ときどきおこづかいをもらった気分になれました。
 こんなことを書くと「もうけてる」と思われそうですが、2000年9月に6刷が出て、ようやく4万部弱になったんです。小説家の知人からは「えっ、ベスト3入りして、たったそれっぽっち!」と言われました。失礼な。ぷんぷん。
 ‥‥夢をぶちこわしてしまったかもしれませんが、翻訳書というのはそんなもんです。

そろえるべき道具

 さて、翻訳で得られる収入がそんなものだと見当がつけば、むやみやたらと設備投資に何十万もかけていられないということがわかると思います。毎度毎度、赤字を出していては趣味かボランティアですからねー。
 職業としてやっていくなら、無理をしないことです。翻訳学校に通っている人なら学費もかかっているはずですから、なおのこと。
 実務、映像翻訳では事情が違いますが、文芸翻訳なら無理にパソコンを買うことはありません。あればたしかにとても便利ですが、デビューのあてもなく、家計に余裕もないのに、「翻訳の仕事をするならパソコンがなくちゃだめらしい」という考えだけで、あせって借金までして無理することはないです。道具はできる範囲でだんだんそろえていく。それでいいと思います。
 文芸翻訳で必要なのはパソコンというよりもインターネットなのです。ネットをやるだけなら、パソコンでなくてもいいわけですからね。
 とりあえず最低限必要なものをそろえましょう。それだけでも10万くらいかかります。
 まずは英和辞書。「リーダーズ第2版」「リーダーズプラス」(研究社)「ランダムハウス英和大辞典第2版」(小学館)、この3冊をそろえればほとんどのことは調べがつきます。プロをめざそうと思ったら、これだけは買ってください。電子辞書が便利です。「スラング辞典」「人名地名辞典」もあれば便利ですが、たいていのことはこの3冊にのっています。
 イラストで英単語を説明するタイプの辞書も1冊あるといいです。これは必需品。そして英英辞典も好みのを1冊は手元に置きます。
 次に国語辞書。これは使い勝手のいい「中辞典」と「大辞典」をとりあえず1冊ずつ。そして特におすすめなのが「類語国語辞典」です。訳語をひねり出す時に便利。
「固有名詞英語発音辞典」(三省堂)「和英英和タイトル情報辞典」(小学館)「英和商品名辞典」(研究社)もけっこうお世話になります。
 舞台になる国や街の「旅行ガイドブック」も必需品です。あとは、聖書、マザーグース、ギリシャローマ神話、ことわざ辞典、そのほか作品を訳すごとに関連図書、資料を増やしていけばいいのです。
 意外と頻度が高いのがトランプのゲーム、ブリッジのルールブックです。なんでもないところで突然、ブリッジのシーンが出てくることがよくあります。
 さて、これだけ買ってもまだお金に余裕がある、というかた。
 パソコンはやはり便利です。辞書だってかさばらないし、ものによっては音声つきだし、インターネットを使いまくれば情報収集もラク。ホームページを作れば宣伝だってできちゃいます。
 もともとパソコンが家にある、とか、翻訳のためだけじゃなくほかのことにもパソコンを活用したい、とか、お金があまっている、というかたがたはやはり活用するべきでしょう。
  でも、国民年金もばっくれてます、とか、「なんか翻訳の仕事に便利らしいから、機械はきらいだけどとりあえず」という以外に購入動機はない、というかたは、無理しなくていいんですよ。
 パソコン本体にこだわるよりも、まずインターネットを使う練習をしてください。ケーブルTVやゲーム機から、簡単にはいれるはずです。いくらパソコンさまがあっても、調べものの要領がわからなければ、どうしようもないのですから。パソコンよりもインターネットが必需品なのです。
 さて、お金はかかるけどそれでもパソコンを買おう、と決意されたかた。ローンで買うのはやめましょう。ある本の受け売りですが、コンピュータ関係って、2年で値段が百分の一になるそうです。
 つまり、現在5万円のプレステ2と同じ性能の機械を2年前に買おうとしたら、500万円すると。うーん、パソコンの賞味期限は短い。まずは予算をきめて、お金がたまってから最新型を買うのが賢いと言えましょう。
 周辺機器や参考書やソフトの購入資金、工事費も忘れずに。いろいろ買うと、最終的には最初の予算の倍はかかってしまうものなのです。

翻訳学校

 わたしが通っていた頃は、一年間に20万円もみておけば、交通費も飲食費も教材費もまかなえたものでしたが、去年、翻訳者とそのひよこたちが多数集まる忘年会で聞いた話では、半年間の学費だけで20万円になってしまったという学校もあるらしく、はあ、ますますたいへんだなー、と同情してしまいました。
 学費があがりすぎてもう通えないわー、という声多数。もうちょっとなんとかならないでしょうか。貧乏が理由でやめる人多数。これでは何年も通ってきた優秀な人たちがかわいそうです。
 と、いきなり文句からはいってしまいましたが、翻訳学校に通うべきか否かときかれれば、「通えるなら通うべき」だと答えます。翻訳技術が学べる云々もありますが、ほかにもメリットがたくさんあるからです。
 まず、自分がへたくそだと認識できること。ひとりよがりがいちばんいけないのです。自分の翻訳が客観的に見て欠陥だらけ、とはっきり思い知るところから勉強はスタートします。
 そして学校に行けば、自分がどのくらいのレベルであるかを見極めることができます。一クラス、3、40人の中で、自分がどの程度か、見込みがありそうかどうかをはかることは、その後の勉強の進め方の参考になるでしょう。
 また、ネットワークを作ることもできます。「同級生」「同期生」「同窓生」の仲間がいると思えば心強いし、デビュー後もなにかと助け合うことが出来ます。勉強仲間にはいろいろな職業、年代の人が集まるので、わからないことを教えあったりできるのです。
 そのほか、さまざまな情報交換もできます。下訳経験者、リーディング経験者、編集部のアルバイト、すでに何冊か仕事をこなした人、そして誰よりプロ中のプロである先生から、現場の話をナマで聞くことができます。辞書や、取材方法についての情報も手にはいります。
 そして最後に。学校に通っていると、仕事を得るチャンスが増えるということは確実に言えます。先生や仲間から紹介されるかもしれないし、講座修了後に学校に登録しておけば、なにかの仕事がまわってくるかもしれません。
 ただし、学校に通えば必ず仕事がもらえるとは思わないでくださいね。あくまで可能性が広がるだけです。でも、利用できるものは最大限に利用してください。そのために高い学費を払っているんですから。遠慮なんかいりません。
 翻訳学校は通うだけではなく、徹底的に利用するところです。そうでなければ、デビューは難しいです。

派生する仕事

 リーディングとは、原書を読んで、そのあらすじや作品のできばえに対する評価、感想をレポートにまとめて、編集者に渡す仕事です。出版社によって単価は違いますが、いまのところ、一冊1万円から2万円、という相場でしょうか。
 リーディングの仕事は、出版社の編集者から直接頼まれるケースと、あいだにコーディネーターをはさんで、そこから仕事を斡旋してもらうケースがあります。翻訳学校にはよく、このコーディネートシステムがありますね。
 もちろん、直接、編集者から頼まれる方が、あとあとリーディング以外の仕事につながる可能性はだんぜんあります。
 編集さんに「〜さんはリーディングでこの本をとても気に入っていたな」と覚えていてもらえれば、その作品を訳させてもらうかもしれないし、「〜さんはこの作家の全作品をリーディングしてくれたから、いまのところ手近でこの作家をいちばん理解している人は〜さんだ」と思われれば、解説を頼まれるかもしれません。
 それに、編集部に出入りしていれば、わたしのようにシャイでも(え?)持ちこみをする度胸はつきますから、それだけでも、リーディングで編集部に通う意味はあります。
 郵送やファックス、電子メールだけでもリーディングの仕事はできますが、なるべくなら直接、編集さんとお話をしたほうがいいです。
 それでも、コーディネーターを通した仕事がまったく無意味というわけではありません。何度か仕事をするうちに、「この人は優秀だから」と出版社から指名される場合もあります。
 ただ、コーディネーターがはさまると、出版社や編集者とは接触できません。わたしはどちらの仕事も経験しましたが、斡旋の場合、原書を渡されるのも、レジュメを渡すのも、コーディネーターなので、実質的には何社からもリーディングの仕事をもらったのに、そういう実感はありませんでした。
 もちろん、そこから翻訳の仕事が斡旋される可能性もあるでしょう。ですが、より大きな可能性を求めるなら、出版社に直接通うことをめざすべきです。そして、その売りこみで「リーディングの経験があります」と言う時に、コーディネーターから斡旋された仕事経験を大きな武器にしてください。


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