9月10日

 早朝。わたしたちは凱旋門のまわりをさまよっていた。
「どこだー、チケット売り場はー」
 大通りのどまんなかにある凱旋門には、地下道を通って近づくのだが、この地下道の中にチケット売り場はあるはずなのだ。
 ところが、どう矢印をたどっても、そんなものは影も形もない。
 何度、地上との階段を往復して確かめただろう、やがて、わたしは地下道の壁に注目した。
「こ、これは!」
 よく注意しないとわからないが、壁の一部分がパネルのように見える。まさか、隠し金庫のように、壁の奥にチケット売り場をしまってあるんじゃないでしょうね。
 そのまさかだった。
 入場10分前に、係員がいきなりやってきて、地下道の壁をがらがらとあけると、チケット売り場が出てきたのだ。いくら美観のためとはいえ、ここまで完璧にカモフラージュしなくても。
 チケットを買って、さんざんのぼりおりした階段をもう一度あがり、凱旋門の中にはいった。
 とんでもない長さの螺旋階段が待っていた。
 何人もの若者に追いぬかされながら、必死でのぼる母とわたし。
「さ、酸素がほしい!」
「死にそうだね」
 やっと上までのぼりきると、パリの街がぐるっと見渡せる展望台に出た。運よくこの日は快晴となり、抜けるような青空のもとに、白い街が輝いて見える。
 金網やガラス窓に囲まれたエッフェル塔より、こっちのほうが眺めはきれい。視界も広いし。そもそも、エッフェル塔にのぼってしまうと、エッフェル塔も見えないのだ。
 これであの階段でなければ文句はないのだが。
 後日、小林晋さんにこの話をしたら、「エレベーターがあったでしょ。頼んだら乗せてもらえるよ」と言われた。でも、あれは身体の不自由な人専用とガイドブックには書いてあったけど?
「あ、子どもをつれてたからかな」
 うーん。ひょっとして、わたしたちも頼んだらエレベーターを使わせてもらえたんでしょうかね。

 凱旋門の次はオペラ座に向かった。
 中は広くて超ゴージャス! さすがクリノリンでスカートをばかでかくふくらませた貴婦人たちがたむろった場所だけに、柱と柱の間は馬車が通過できるほど広い。
「いいねー、今度は見学じゃなくて、観劇に来たいねー」
 いくらりっぱだとはいえ、大階段をのぼりおりして、シャガールの天井画を見て、トイレを使わせてもらったら、べつに地下の湖を見せてもらえるわけでもないし、怪人さんがいるわけでもないし、たいして用はないのだ。
 やはり、バレエやオペラをこういう場所で観るのがいいんだな、きっと。
 しかし、そのためにはまず、日本でバレエやオペラを観て勉強しておかないとだめなのだった。生涯学習っていい言葉だのう。

 さ、とっとと次の目的地に、と言いたいところだが、凱旋門の階段とオペラ座の階段に疲れ果てたわたしたちは、「ケーキだ、ケーキ」と、通りすがりのカフェにはいった。
 クレープとケーキを頼み、母と半分こする。実はこの「パリのかふぇーでクレープを」というのも母の希望であった。着々とノルマをこなすわたしたち。
 ところで、どのガイドブックにも「お勘定はレジではなく、テーブルで支払うべし」とだけあって、レジに行ってもいいとは書かれていない。
 実は、パリについてまもなく、ホテルの近くで夕食をとった時、勘定書が届くまで30分、受け取りに来るまで30分も待たされるという、いやーな経験をしていた。
 案の定、ここでも勘定書はすぐに持ってきたのだが、なかなかお金を取りにこない。
 まわりの人はどうしてるのかね、と思ったら、急いでいる人はみんな、レジに行って払っていた。なんだよ!

 次に向かったのはシテ島だ。
 というのはうそで、ここに来るまでに、わたしたちはパリ三越に寄ってしまっていた。結果、うっかりスカーフだのバッグだのをぶらさげて歩くはめになった。
「もう、これ以上、荷物は増やしたらだめだからね」と言う母。
 あのねー。
「あたしは増やしてないよ。増やしてるのはおかーさんでしょーが!」
 そりゃ、バッグはたしかにあたしのだけどさ。「それ、かわいいから買いなさい!」と言い張ったのは、おかーさんだからね。
 ま、それはともかく。
 日の高いうちにシテ島についたので、わたしは「ふふふ、とっておきのポイントにつれてってあげるわ」と、母をサント・シャペルにひっぱっていった。
 この教会は、すぐそばのノートルダム寺院と違って、閑散としている。が、13世紀に完成した、実にすばらしい聖堂だ。たいていの人は一階を見ただけで帰ってしまうようだが、それは、それは、それは、もったいない。
「お母さん、二階だよ、二階。すごいのは」
 なんてことを言っているわたしだが、「すごい」という情報を人づてに聞いただけで、実は初めて来たのである。
 なかなか見つけられないようなところに、その地味な階段はあった。
「げ」
 またしても長い螺旋階段。凱旋門のあとで、これはきつい。
 息を切らして二階にあがると、四方八方の壁、すべてをおおった巨大ステンドグラスから七色の日光がふりそそぐ、神秘的な空間に出た。
「あらー、みごとだねー!」
 母、大喜びである。
 このあとに行ったノートルダム寺院のバラ窓なんて、ここのステンドグラスにくらべたらしょぼい、しょぼい。なんたってサラウンドだ。
 椅子に坐り、ステンドグラスを眺めて15分ほど休んでいると、日がかげって、堂内は薄暗くなった。やっぱりステンドグラスを見るなら、よく晴れて、陽の高い時がベストですわ。

 マリー・アントワネットが処刑前に幽閉されていたコンシェルジュリーに向かった。ところが、方向音痴のわたしたちは、すぐそばまで来たにもかかわらず、「入り口がわからん」と、またうろうろするはめになった。
 幸い、眼の前にはパリ警視庁があった。若くてすてきなおまわりさんを選び、「すみませーん、コンシェルジュリーの入り口はどこですかー」と聞いて、ようやくチケット売り場を発見する。
 たしかイギリスでも、ロンドン警視庁のお世話になったんだよねえ、あたしたち。自分たちのホテルが見つからなくて。しかも毎日のように。
 牢獄の中にはいると、いきなり「処刑前に囚人がしたくをする部屋」なんてものが再現されている。
 ギロチンですぱーんと頭をおとしやすいように、ここで囚人のうなじにかかる髪を切り、衿をやぶりとり、首をむきだしにしておくのだよ、という説明を読むと、ううむ、合理的だが、なまなましくて、ちょっといや。
 早々に牢獄を出て、せっかくだからとノートルダム寺院の中もどうせ無料だし一周したあと、カフェにはいった。
 サンドイッチをひとつと紅茶をふたつ頼んだら、ギャルソンが「ふたりで食べるの?」ときいてきた。
「違う、サンドイッチはひとつ」
「いやいや、ふたりでわけて食べるの? だったら半分にクぺしてあげるよ」
 クぺって、ああ、切るってことか。
「うん、うん、クペ・シルヴプレ」
 運ばれてきたサンドイッチはフランス風に、長いバゲット(いわゆるフランスパンだ)に、たてにすーっと切れ目をいれて、ハム、チーズ、レタスをはさんだものだった。
 そして、サンドイッチひとつ、というのは、フランスパン一本分なのだった。
 てことはさ。切ってちょうだい、って言わなかったら、この長ーいフランスパンが、皿にまるごと一本、どーんとのっかってきたわけ?
 半分に切ってもじゅうぶんに長いサンドイッチを見て首をひねりつつ、わたしは財布を取り出した。いつも支払いで待たされるから、もう、食べる前に払ってしまうことにする。
「次、どこに行く? もう帰る? それとも行きたいところある?」
 この日の予定は、もうすべてこなしてしまったので、母の希望をきいてみた。
「うーん、帰るのも早すぎるしねえ。でも、疲れたからあまりあっちこっち歩くのもねえ」
 ふんふん。疲れてあちこち歩きたくないと。
「じゃ、デパートにでも行ってみる? 中を適当に歩いてさ、そのまま地下鉄で帰ればいいから」そしたら、移動しなくてすむし疲れないだろう、と思ったわたしは大馬鹿だった。

 デパート、ギャルリ・ラファイエットは婦人館が独立していた。ファッション関係の気合いのはいりかたが違うことがわかるというものだ。
 一歩、中にはいったとたん、母の血管にアドレナリンが何リットル流れこんだのだろうか。急にしゃっきりとなって、一階から丹念に、すべての売り場をチェックしつつ、上にあがっていくのである。
 さっきまで足が痛い、腰が痛いと言っていたのは誰だ。疲れてもう歩きたくないと言っていたのは誰なんだあ!
 元気な母のあとを、わたしはよろよろとついていった。
 ブランドに興味はないが、普通の婦人服、普段着が日本の半額であることに驚く。最新のパリモードデザインの服が日本のバーゲン価格で変える!
 かくして、地下鉄に乗るまでに、わたしたちの両手には服がぱんぱんにつまった紙袋がぶらさげられることになった。言っておくが、母と妹の服ばかりだ。
「ねー、荷物、増やさないって言ったよねー」
「でも、安いからさ」
 けろっとしている母。
 ダメだ。どんどん、どんどん、どんどん、免税の手荷物が増えるばっかりだあ!

翻訳家のひよこ