パリの磁気カードはすぐにとぶ。定期券も地下鉄の切符も、ほんのちょっとしたきっかけで、きかなくなるそうだ。
たしかに、根性をたたきなおしてやりたくなるほど、弱っちい。部屋のカードキーも、前日もらったばかりなのに、朝食前にフロントでなおしてもらうはめになった。
「っかしいな。バッグの磁石から、いちばんはなれたところに入れてるのに」
まあ、すぐになおしてもらえるから、問題はないのだが、面倒ではある。
とりあえず、この日は母がパリでいちばん行きたがっていたオルセー美術館に行くことにした。
地下にもぐり、回数券を買い、緊張しつつメトロに乗った。
「安いねえ。回数券だと、一回100円で乗り放題だよ」
ロンドンは初乗り1.60ポンド。320円である。
さて、さんざん危険だとおどされた地下鉄だが、早朝だったせいか、ビジネスマンだらけで、思っていたほど恐くない。
というのも、怪しいヤツは一目でわかるので、近寄らなければ簡単にさけられるのである。
後日、やはり地下鉄に乗ったところ、停電してうすぐらいすみっこに、見るからに怪しげな青年たちがかたまっていた。
そのうちのひとりが、たまり場から出てきて「ボク、あなたたちのことなんて、別に見てないよ、ふんふふーん」という顔で、わたしたちが坐っている脇の通路を往復し始めた。何度も何度も。
こいつ、バカじゃないの?
犯罪者たるもの、ターゲットを警戒させてどーする。
地下鉄が停まると、わたしは思いきり睨みつけてやり、連中から遠く離れたドアからおりた。
ゴキブリくんたちは「しまった。狙っているのがばれた」という顔をしていた。ばれるだろ、そりゃ。間近で見るオルセー美術館は、実に実にうるわしい建物だった。
いまでこそ、オルセーそのものが美術品のようだが、こうなるまでは、ほんとうにばばっちい廃虚だったそうな。
もともとは駅舎だったこの建物を、どうリサイクルしていいかわからずに、内部に鉄骨をくんで、車のパーキングにしてみた時代もあったらしい。
中にはいり、例によって日本語のオーディオガイドを借りようとすると、レンタルの条件はロンドンよりはるかに厳しかった。
ロンドンでは10ポンドばかり保証金を預けるだけでよかったのに、パリではクレジットカードかパスポートを預けないと、貸してもらえない。
ううう。やむなくわたしは、スペアとして持っていた、限度額10万円のカードを渡した。
「よかったー。人質用のへぼカードを持ってて」
ようやく借りたガイドを耳にあてながら、母の大好きな印象派の絵をゆっくり見てまわった。館内は明るくて、フラッシュなしでもはっきりした写真が撮れるのが嬉しい。午前中いっぱい、オルセーの中を歩いたあとは、セーヌ河クルーズで優雅にひと休みすることにした。
遊覧船のチケット売り場で「このクルーズはどのくらい時間がかかりますか」と、よろよろのフランス語できいた。
「1時間10分です」と、流暢な日本語で返された。
ふっ。観光客が行くところって、英語と日本語が通じまくりなのね。
ちょうど前のが出たばかりで、次の船にいちばんのりのわたしたちは、甲板2階の先頭に坐ることができた。
「いい席がとれたねー!」喜ぶ母娘。
ところが、いざ出発、という段になると、1階から、にんにんにん、とゴンドラのようなものが不気味にせりあがり、わたしたちの眼の前にどーんとそびえたった。
「ちょっ、なにあれー!」
「あらー、じゃまだ!」
それは船の操縦席だった。どう考えても反則であろう。
わたしたちは顔を見合わせると、素早く階段をかけおり、1階のいちばん前に坐りなおした。
「うう、ここはここで、手すりがじゃま」
「でも、さっきの箱よりましだから」
「まあねー」
文句を言いつつ、ロンドンのホテルから盗んできた最後のマフィンを手さげから出した。どうもやることなすこと、おばちゃんくさい、今日このごろである。ホテルに戻るには早すぎるので、「エッフェル塔ものぼってしまおう」ということになった。
塔の3階が展望台にあたるのだが、ここにのぼるまでにえらく時間がかかるとは知らなかった。
2階でエレベーターを乗り換えるのだが、これが混む混む。金網のむこうから吹きつける寒風にさらされ、ガタガタ震えて待つこと30分。ようやくエレベーターに乗りこむ。
揺れる箱の中で、みんな妙に無口だった。陽気なイタリア人家族が大声で喋ってくれていなかったら、恐怖に失神していたかもしれない。
「なぜ、こんなに恐いのに、のぼってしまったのか」と、後悔しきりのわたしだったが、展望台からパリをぐるっと見渡して、やっぱり来てよかった、と思い直した。
でも、もう2度とのぼらん。
夜にのぼったことのある友達は、「東京タワーから見る夜景のほうがきれい」と言っていた。
パリはネオンが少ないのと、森が多いので、光がまばらにしか見えないらしい。
2階には、エッフェル塔の消印を押してくれる郵便局があった。
家に絵葉書を出したら、パリの9月8日夕方に出して、日本の9月12日の昼についていた。さんざん街歩きを堪能したわたしたちは、疲れた足をひきずって、ホテルに戻った。
部屋のドアにカードキーをさしこんだ。
開かない。
「んもー!」
なんで、いっかいいっかい磁気がとぶかなあ!
8階ロビーに、力つきた母を残し、わたしはフロントに引き返したのだった。