衝撃

 オーストラリアの動物園は楽しい。日本のいかにも「おりに閉じこめてます」というそれよりもはるかに開放的で、そのへんをクジャクやらエミューやらがふらふら歩き回っている。
 ブリスベーン近郊には、その種のパークがたくさんある。わたしたちはカンガルーにまみれて遊んだりエミューに餌をやったりコアラをだっこしたりした。
 ロリキートという色とりどりのオウム(インコかもしれない)に全身たかられて、両腕をみみずばれだらけにしながら、写真を撮られもした。
 だが、そのブリスベーンにたどりつくまでがたいへんだった。
 アリススプリングスからの直行便がなく、ヶアンズで飛行機を乗り換えなければならなかったのだが、見れば乗り継ぎの時間が15分しかない。
 こんなぎりぎりの状態でチケットを発行するか、ふつー?
 わたしたちの不安は適中した。
 ヶアンズの飛行場につくと、カウンターのおじさんはこう言った。「次の飛行機には乗れませんね。乗り継ぎは無理です。ユア・プレーン・ワズ・ライト」
「ライト?」
 飛行機が軽くて乗り継ぎが無理ってなに?
 マサエちゃんが言った。「レイトじゃないのかしら?」
 ……遅れたってことね。
 予期しない時にオーストラリアなまりで言われても、一瞬、わからないものだ。
 もちろん航空会社がわの責任なので、その晩のホテルも夕食もタダでサービスしてもらい、翌日のブリスベーン行きの飛行機に乗ることになった。逃したのは最終便だったのだ。
「早いほうがいいでしょう?」とカウンターのおじさんは朝6時の飛行機を手配した。
 4時起きかい!
 しかもアリススプリングスとは時差が1時間あったから、体内時間では3時起きだ。
 翌朝は、ぼーっとしながらヶアンズの空港に向かった。
 わたしたちの飛行機は、ヶアンズを飛び立ち、やがて着陸体勢にはいったが、地上ぎりぎりで突然、ぐいーんと急上昇を始めた。
 なにごと? 窓の外を見ていたわたしは、地面がみるみる遠くなっていくのを見ておろおろした。
 どうしよう。ハイジャックかもしれない。
 そしてまた降下して急上昇して、また降下して急上昇して、寝不足のうえに酔ってしまったわたしは、騒ぎ疲れてついに寝てしまった。おろおろするのもエネルギーを使うのだ。
 真相は単に、天候が悪くてなかなか着陸できないために、パイロットが果敢に何度も挑戦していただけだった。が、あんな状態なら、普通は引き返すのではないだろうか。
 さて、窓際にいたわたしが、さんざん大騒ぎをしたあとに突然寝てしまったあと、隣のマサエちゃんは「有希ちゃんは何を騒いでいたのかしら」と窓の外を除いて、ようやく事態を悟った。
 よもやここまでのアクロバットをしていたとは!
 ひとり恐怖にパニクるマサエちゃんと、ぐーぐー眠るわたしを乗せて、飛行機は5回、地面すれすれの降下と急上昇を繰り返し、6回目に無事、着陸した。
 どーん! という衝撃で目をさますと、みんなが拍手をしていました。

貧乏

 すっかりたるんでしまった今では、この時のような節約旅行はもうできない気がする。
 オーストラリア初日の宿は、飛行機チケットにパッケージでついていたのだが、当のホテルはクスリをやった人たちが道ばたにごろごろころがっている地域にあって、窓に鍵がかからなかった。
 翌日、安全な区域の一泊15ドルのホテルに移ったら、部屋はまるで牢獄で、ベッドはパイプベッド、バストイレは共同、部屋のかたすみについている小さな洗面台の蛇口をひねると、給水タンクに死体がはいってるんじゃないかというような、赤くてしょっぱい水が出てきた。もちろん、一晩で逃げた。
 というような試行錯誤を経て、ついに一泊30ドルのホテルに落ち着いたのだが、値段が値段だから、朝食なんて当然つかない。
 自力で食料を調達しなければならないのだが、はじめてのオーストラリアなので、勝手がよくわからないのだ。
 朝食のパンなんて簡単に手にはいるだろうとタカをくくっていたが、なぜか売っているのはミートパイばかりで、ただのパンというのが、なかなか売っていない。朝から脂ぎったミートパイ……。
 三日目、ついにわたしの胃はパイを受けつけなくなった。
 しかたなく、シドニーの駅のキオスクで、ぼそぼそのサンドイッチと紅茶を買った。
「うっ」
 <ティー・プリーズ>って言ったのに、いきなり紙コップのお茶の中にミルクをいれられてしまった。当時のわたしはミルクティーが大の苦手だった。
「なんでー?」
「そういえば、イギリスで<ティー>って言うと、問答無用でミルクティーにされた」マサエちゃんが思い出した。「何もはいってないお茶を頼むんなら<ブラックティー>って言わないと」
 連日のミートパイ攻撃でただれた胃に、大嫌いなミルクティーで、全粒粉のぱさぱさのパンを流しこみつつ、すでにわたしは日本に帰りたい気分になりかけていた。
 こ、これから一ヶ月、毎日こんな朝ごはんだったら死んでしまふ。
 しかし、貧乏が原因の朝食問題は、貧乏のおかげで一気に解決した。
 食費をうかすためにコーンフレーク一箱と牛乳を一パック買ったら、毎朝、まともなごはんをたっぷり食べられるようになったのでした。

うるうる

 シドニーオリンピックの聖火がついにエアーズロック前から出発しましたね。

 10年ほど前に、マサエちゃん(仮名)と一ヶ月ほど、オーストラリアを旅行した時のこと。
 ぜひともエアーズロックを見なければと、わたしたちは砂漠のど真ん中の町、アリススプリングスに足を伸ばした。はじめてのアリスはとっても懐かしい感じ。まっかな大地、まっさおな空、聞き慣れたディジャリドゥの音。
 実は旅行前の一年間、大学で「アボリジニ学」なるマニアなゼミを受講したわたしたちは、毎週、アボリジニのビデオを見せられていたのだ。当然、現地に着いても、「わー、スライドとおんなじ」という反応しか出てこない。
 さて、アリスからバスツアーで、いよいよエアーズロックに向かうという朝。
 大雨だった。
 あれーっ?
 現地の人々も驚いていた。「雨なんてめったに降らないんだけどねー」
 あまりのドさめで町中が水びたしになり、いきかう車はマジで波かきわけて泳いでいた。
 ちぇっ、絵葉書でみるような、輝くエアーズロックを楽しみにしてたのに。
 ところがバスが聖地に近づき、どーんとそばだつ黒い巨岩のてっぺんからざあざあと幾条もの白い滝がこぼれるのを見上げると、すっかり考えがかわってしまった。
 いやー、エアーズロックはやっぱ雨の日に見なきゃねー。
 現地名でウルルと呼ばれるその聖なる岩は、「たくさんの滝」という意味なのだそうだ。わたしたちはまさにウルルを見たわけである。
 雨で岩肌が滑りやすくなっているので登らないで下さい、というサインは出ていたが、バスをおりた観光客は雨があがったのをいいことに、どんどん登っていってしまう。うう、岩の側面には、落ちて死んだ人の銘を刻んだプレートがいっぱいはってあるのに。
 記念に、とわたしたちも少しだけ登ってみたが、すぐにおりてしまった。下ではレンジャーの人たちが、あきらめ顔で観光客たちを見送っている。
「と、とりあえずそのへん見てみようか」
「そ、そうね」
 わたしたちはエアーズロックのふちに沿って歩いてみた。岩がえぐれて洞くつのようになっていたり、なかなかおもしろい。
 やがて、ふと地面を見たわたし。
「ぎゃーーーーーっ!」
「なに? なに?」不安そうなマサエちゃんの声。
「地面が、黒い」
「えっ?」
「虫だよ、むし!」
 さっと足元を見たマサエちゃんは「きゃーーーーーーっ!」と叫んだ。
 どうやら、砂漠に雨が降ったおかげで、元気になった虫がぞろぞろと地面に出てきたらしいのだ。太ったアリやら、だんご虫の小型版やらが、まっかなはずの大地をびっしり覆いつくしている。
 よく見ると、地面はぞわぞわとうごめいていた。
「ーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 一歩ごとに奇声を発しながら、バスまで走ったあの記憶。
 一生のおもひでです。

  オーストラリア政府観光局  www.australia.com
  ノーザン・テリトリー    www.ausnt.com
  アボリジニ文化       www.win.ne.jp/~dinkum/


ホームページ作り

 とりあえず、妹は会社でパソコンを使っていた。しかも機械が大好きだから、我が家にきたパソコンの配線もなにもかも、全部自分でやってしまった。
 問題はわたしだ。ワープロとあまりにも勝手が違うので、ほとんど初めてのパソコンを前にして、どこをさわっていいのかさえわからないのだ。
「説明書を見なよ」と、妹は言うが、その説明書のどこを見ていいのかがわからないんじゃい。
「えむおーってなに?」
「じふってなに?」
 こんなやつがホームページを作ることになった。当然、その道はけわしかった。
 とりあえず、自分の仕事の宣伝もかねたページにするためには、画像をスキャナでとりこまなければならない。
 妹はやりかたを教えてくれて、「簡単だから誰でもできる」と断言した。
 わたしは早速、言われたとおりに画像をとりこんだ。
 そして、自分のホームページにそれを入れようとしたが、どうしてもはいらない。
「あれー、あれー」
 何度ためしてもはいらない。
 妹が来て、原因を調べた。
「この30メガバイトってなに?」
 そうなのだ。わたしは倍率を間違えて、画像一枚を30メガバイトでとりこんでいたのだった。はいるか、そんなもん。
「ジオシティーズで12メガバイトしかスペースもらえないのに、それより大きい画像作ってどうすんのさ。バカ」
 ちーくーしょー。
 そんなわたしの作ったホームページがいったいどんなもんかとお思いだろうが、これがけっこう評判がいい。
「軽くて、かわいくて、いいね」
 というほめことばがほぼ100パーセントで、内容にふれたコメントではないのが気にはなるが、軽いことをとにかくめざした努力は認められたようで、作者としては実に嬉しい。
 だからみなさん、一度くらいは、仕事部屋をのぞいてねー。