いたずら

 たぶん誰も気づいていないだろうけど、「猿来たりなば」のなかでちょいとしたいたずらをした。(読んでね)
 冒頭、トビーとジョージがイースト・リートの駅に着くシーンで、駅員が花に水をやっているのだが、その花の名前が「紐鶏頭」という。
 もちろん、読みづらい漢字なのでルビをふった。
 だがしかし。
 この漢字には無意味にルビが二種類ついているのだ。わたしと編集さんの趣味とゆーか、いたずらで。
 ひとつは<ひもげいとう>という読みを助けるための正統派ルビ。
 もうひとつは原語をそのままカタカナになおした<ラヴ・ライズ・ブリーディング>というルビ。
 ミステリマニアの方ならもうおわかりですね。
 これ、エドマンド・クリスピンの名作、「愛は血を流して横たわる」の原題なのだ。
 気づいた人、いますか?
 そんないたずらしていーのか、と思われるでしょうが、いーんです。
 文句出てないし。
 というより、誰も気づいてくれなかったのだろう。ま、そうだろうな。
 実は、この四月に上梓した「タラント氏の事件簿」でも、似たようないたずらをやらかした。
 短編集だったので、一編ごとにタイトルをつけなければならなかったのだが、名付け親はわたし。
 まあ、わたしとしては、仮題のつもりで気軽につけて提出したので、正式タイトルは編集さんと相談して決定するのだろうと思っていた。
 そしたら、そのまま本決まりになっていた。
 ゲラを受け取って、うっそーな気分。
「三つ眼が通る」なんて冗談のようなタイトル、怒られるかと思ってたのに、なんてシャレのわかるイキな編集さん。(おいおいおい)
 ちなみにこの原稿を入れておいたフロッピーのファイル名は「3X3EYES」でした。

名付け

 というのは、作家さんだけの頭痛のタネだと思っていたら、なんと翻訳家もこの苦しみを味わうものだった。「邦題」というものをつけなければならんのだ。
 おかしい。こういうのは編集会議とかで決まるんじゃないのか、ふつー。
 Don't Monkey with Murder には、最初「チンパンジーの死」という仮題がつけられていた。これは編集部で便宜的につけたものだが、わたしはそれでいーやと思っていた。チンパンジーなんてすっとんきょうな単語で始まるし、めだちそうでいいじゃん。
 著者校正も終わり、第二稿のおなおしも終わり、そろそろ印刷、というある日。
 一本の電話がかかってきた。
「えーとですね、<チンパンジーの死>というタイトルなんですが、ちょっとこれでは弱い、という意見が編集部内で出まして」
「はあ」
「何か考えて下さい」
「はあ? 何かって、それで締切りはいつですか」
「明日です」
「あーしーたー?」
 なんでもっと早く言わんのじゃ。わたしの怒りの波動を感じたのだろうか。電話の向こうの松浦さんはいきなり切り札を出した。
「いいタイトルがつくと、本が売れます。売れるとたくさんお金がはいります」
 さすが、編集部内で私のあしらいかたをいちばん心得ている松浦さん。この本を担当した慶徳さんが電話をしてこなかったのは、そーゆーわけかい。
 しかし困った。<猿>を使ったかけことばや駄洒落で邦題を考えてくれと、めんどくさい注文をつけられたのだ。<さる>で始まる言葉を辞書で拾ってみたものの、いちばんおもしろい言葉は<さるかに合戦>。これは使えないなー。さるー、さる、さる、さる。
 翌日、編集部に向かう電車の中で、わたしはまだ必死に考えていた。その時ふと、<さる>に似た言葉で駄洒落にできないものかと思いついた。
 で、タイムリミット30分前に思いついたのが、「猿来たりなば」。(本当は<冬来たりなば、春遠からじ>だから、ちょっと無理があるけれど)
 松浦さんに話すと「うーん、無意味でいいかもしれない」といやなほめことばをくれた。ふんだ。
 余談ですが、第2候補の「猿来たる」はボツになりました。
 ごめん、アシモフ先生。


ペット

 たぶんおおかたの人が気づいていると思うが、わたしは猫好きだ。
 うちの今年4つになるラブラブこねこちゃんの愛くるしい姿を、全世界に発信せねばという使命感が、そもそものホームページの制作動機だったりするくらいの大馬鹿ぶり。
 そんなわたしだから、とある翻訳家の集まりに行った時もみんなに見せびらかそうと、超強力にかわいいパワーを出している我が家の猫の写真を20枚くらいミニアルバムにいれて持っていった。
 さて、会場で。
 なにがきっかけだったのか、東京創元社の慶徳さんが「中村さんの猫を見たのが私だけなので、うらやましがられてるんです」と行った。慶徳さんはフェラーズの担当さんなので、仕事で何度かうちに来たことがあるのだ。そうだろう、そうだろう。うちの世界一かわいい猫ちゃんを見られるなんて、きみはラッキーだよ。「編集部につれてきてくれないかなーという声もありますよ」
 うっ。あのデブをかい。
 5キロあるんだよね、メイちゃんは。
 とりあえずそれはいやだったので、編集部内で回覧できるようにアルバムを渡した。
 すると慶徳さんは言った。「編集部でもペットの話をしてますよ」
「へー、猫とか?」
「猫はいませんけど、犬とか、ハムスターとか、蛇とか」
「へび?」
「ホラー担当の人が。ハムスターと蛇を飼ってるんです」
 だ、だいじょうぶなの?
「大丈夫みたいです」
 誰? そのホラー担当の人って? わたしの会ったことある人?
 ああー、聞けばよかったー。気になるー。
 後日、同じく編集部の伊藤嬢にその話をすると、
「あー、牧原さん。へび2匹飼ってるんですよね」
「牧原さんだったのかー」そうか、あの好青年が。
 さらに彼女は言った。「会社にぬけがら持ってきてましたよ。びろーんって」

鉛筆

 松浦さんの名前を出すと、誰もが「ああ、あの几帳面な好青年」と言う。好青年かどうかはよくわからないが、几帳面、というのは正しいと思う。
 何年か前、まだ東京創元社に行く通り道にポストがないころに、このへんでいちばん近いポストはどこですか、ときいたことがある。すると、「ポストはですね、角をまがって、12メートル、いや、13メートル、いや、14メートルくらい行ったところに……」
 いいよ、そこまで正確に言わなくても。
 そんな松浦さんが、訳者校正のすんだゲラを取りに、うちに来ることになった。おおざっぱなわたしが、縮尺無視で目印だけを誇張した地図を描いてあげたら、几帳面な彼は、地図を正確に読み取ろうとしてまいごになってしまった。(あとで、お母さんに怒られました)
 さて、松浦さんと本作りをするのは初めてだが、彼の「鉛筆」については、恐ろしい噂をやまほど聞かされていた。
 訳者校正とは、まず編集者がゲラ(試し刷り原稿)に疑問点や訂正の鉛筆を入れ、翻訳者がそれを参考にゲラを赤ペン添削する作業なのだが、松浦さんの鉛筆はハンパな量ではないと誰もが言う。よその会社の編集さんまでが。
 大げさでなく、業界でその名をとどろかせているのです。
 そういえばデビュー前にトライアルとして見てもらった原稿を返された時に、「うっ、Z会みたい」と思ったほど、びっちりとまっくろに書きこまれていた。まー、それは単にわたしがへたくそだからだね、と考えていたら、わたしだけではなかった。
「松浦さんはとても丁寧に見てくださるからありがたいわー」と某翻訳家が言っていた。そして「でも、余白が鉛筆で埋まってるから、赤ペンで自分が書きこむ場所がないのよねー」とつけ加えた。「消しゴムで消して書くのよー」
 ひーえー。
 閑話休題。
 編集さんと校閲さんの鉛筆を参考におなおしをするたびに、翻訳書というのは、いろんな人と作る共同作品なんだなあ、と思う。訳者校正は、翻訳者も制作スタッフのひとりだと実感できて、ふだんひとりでちまちまと作業している孤独がいやされる時間でもあるが、やっている作業は結局、自分の翻訳のまずいところを手直ししていくことなので、「ああ、あたしって才能ない!」と落ちこむ辛い期間でもある。
 しかし、今回もようやくそれが終わった。わーい、わーい。これでしばらくは……
「あ、慶徳から伝言です。フェラーズの原稿を読みはじめました、ということです」
 え?

追記
 この原稿をupする前に、来週からフェラーズの校正をよろしく、という業務連絡がはいってしまいました。
 ……ふう。

薔薇色

 ソーヤーを訳している途中で「風と共に去りぬ」の1シーンが比喩に使われているのを見てげんなりした。<バーベキューの話をしているスカーレットのような顔>……どこのシーンだ、それは?
 一瞬、ばっくれようかと思った。しかし、<バーベキュー>という単語がどうもひっかかる。やっぱり確かめないとだめだろうなー、何時間かかるんだろう、と泣きながらビデオを借りに行った。
 冒頭のシーンでした。
 そして<バーベキュー>とは<園遊会>のことだった。
 なるほどねー。
 実は、このビデオ観賞で確認できたことはもうひとつあった。
「この"Oh,fiddle-de-dee!"というのは、スカーレットの口癖じゃありませんか?」という松浦さんの鋭い指摘どおり、スカーレットがそのセリフを連発していたのだ。
 おかげでルビをふって、映画ファンが見れば「ああ、あれか」とわかるようにできた。
 確認するって必要ですね。
 さて、先日、最終チェックを終えた松浦さんから電話がかかてきた。
「ここのページで<オレンジ・スパイス・ティー>を飲んでいたのが、途中で<ローズティー>にかわっているんですが、別のお茶をいれたということですか?」
「わたしはそうおもったんですけどーーーあり?」
 原文はrosy teaだった。見間違えの誤訳だ。しかし……バラ色?
「<オレンジ・スパイス・ティー>ってバラ色なんですか?」
 その時、はたと気がついた。オレンジ・フレイバー・ティーなら、お茶の葉にオレンジの香りをつけているのだから、色は紅茶と同じだ。しかし、こっちはひょっとすると、お茶の葉がはいっていない、ハーブティーかもしれない。
 早速、輸入雑貨店で探してみた。あったあった。やっぱりハーブティーだよ。
 一箱買って、編集部に持っていった。
 松浦さんがマグカップにティーバッグを入れてお湯をそそいだ。
「んーーーーーー」
「茶色、ですねえ」
 納得がいかず、自宅でもやってみた。一応、赤っぽい気はするが、やっぱり紅茶とたいしてかわらない色に見える。
「っかしーなー」
 その時、妹が言った。
「そんな深いマグじゃなくて、紅茶用のひらべったいカップにいれなきゃだめだよ」
 なーるーほーどー。
 容れ物が深いと、色が濃くなるのね。
 そして、ティーカップにいれてみた<オレンジ・スパイス・ティー>は、たしかに薔薇色だったのでした。